朝。
昨晩書きそこねた日記を書こうとしているわたし。
しかし、筆がイマイチ進まない。
やっぱり、ひと晩置いちゃったからかしら。
せっかく、ひとり暮らしでは日記をつけようって決めたんだけどな。
あすかちゃん並みの文章力が欲しかった。
文字の綺麗さだけが、わたしの日記の取り柄……。
こんど、お邸(やしき)に『帰省』したときに、あすかちゃんに『文章力向上セミナー』を開いてもらおうか。
なんてったって、彼女には、『作文オリンピック・銀メダリスト』っていう不滅の肩書きがあるんだから……!
× × ×
『おねーさんは、なんでもできますよね』って、わたしのことをあすかちゃんはよく持ち上げてくれていたけれど。
あすかちゃんこそ……なんでもできるんじゃないの。
嫉妬ではない。
『あすかちゃんって、なんでもできるよねっ♫』って、お邸に居るときに、彼女をもっと持ち上げてあげるべきだったんだと思う。
あすかちゃんがわたしをリスペクトするなら、わたしだってあすかちゃんをリスペクトする。
…彼女を十二分にリスペクトし切れなくて、少し後悔。
× × ×
…そんなことを考えながら電車に乗っていた。
良くないなー。
せっかくの、サークルへの『日曜出勤』なのに、テンションが上がらないことを、ウジウジと…。
気合いを、入れよう。
わたしの『宿敵』みたいになってきた大井町さんが、サークル部屋に先に入室しているかもしれない。
もしそうだったならば、あの空間で、大井町さんとどうやって渡り合っていくべきか。…シミュレーションが必要。
× × ×
予測は当たった。
大井町さんが、先にお部屋に来ていた。
入り口から向かって左の席に、着席している。
彼女以外に、在室しているひとは居なかった。
……。
あえて、普段あまり座ることのない、入り口から向かって右側の席に行き、椅子に座って、大井町さんと面と向かう状態になる。
彼女と眼を合わせるように努めつつ、
「おはよう。大井町さん」
と、ごあいさつ。
「…もう11時過ぎよ?」
と彼女。
あのねぇ。
「おはよう」には「おはよう」で返してよ。
なんだか、わたしが挑発されてるみたいじゃないの。
……気を落ち着かせるよう努めて、
「わたしとあなたがふたりきりって、久しぶりじゃない?」
と振っていく。
相手は、そっけなく、
「そうね。春休み期間は、この部屋で出くわすことも、あまりなかったわね」
と言う。
……何ヶ月か前に、この部屋で、大井町さんと口論になって、泥沼だった。
大井町さんのほうも、忘れているわけがない。
「あなたには、厳しい忠告をもらったけれど……」
と切り出して、わたしは、
「ひとり暮らしの出だしは、上々よ」
と、大井町さんにボールを投げる。
会話のボール。130キロストレート。
「――まだ、始めたばっかりなんでしょう?」
130キロストレートをキャッチしたかと思えば、
「泣きを見るのは――いつになるのかしらね」
と、145キロの速球を、内角低めに投げてくる。
「……大井町さんっ」
「なによ?」
「わたし……簡単には、泣きべそかかないからねっ」
「あら、そう」
ムカッと来てる。着実にムカッと来てる、わたし。
わたしと彼女のあいだに、眼には見えない、峻烈な火花が――。
……3分間にらみあったが、わたしと彼女の殺伐は、ドアのノック音に、割り込まれた。
わたしがドアを開けてあげる。
「…和田成清(わだ なりきよ)くんね」
「おはようございます、羽田さん。日曜日だけど、来てしまったっす」
「ぜんぜんいいのよ。むしろ、嬉しい」
「嬉しい…?」
「人数は…多いほうがいいし、それに、」
「それに??」
「成清くん。あなたは、ちゃんと――『おはようございます』って、挨拶してくれた」
「え? それが普通じゃないっすかー」
「……あなたがとってもいい子で助かるわ」
「なにか……あったんすか……?」
「悪い子がいるのよ」
「ちょっと!! 羽田さん!! 心外ね」という、大井町さんの大きな怒声(どせい)に……耳を貸してあげない。