お弁当を作っている。
弁当箱に、おかずを詰める。
ワンルームマンションのキッチンは狭い。だから、弁当箱に入れられるおかずの種類が、減ってしまう。
……これまでの、お邸(やしき)のキッチンが、恵まれすぎていたとも、いえるけれど。
「……致し方ないよね」
わたしはひとりごとを言って、レタスの上にプチトマトを置く。
良くは把握していないけれど、23区のワンルームマンションで、キッチンにコンロが2つあるだけ、マシなのかもしれない。
「あっ、こんな時間になっちゃった」
時計を見て、ひとりでに声が出た。
ひとり暮らしになってから、就寝時間も起床時間も遅めになってしまっている。
どうしてかしら。
原因不明。
気の緩み?
遊びすぎ?
――遊びすぎ、は、的外れかな。
夜遊びとか、していないし(もともと、する気もない)。
× × ×
だめ、だめ。
遅寝遅起きを、気にしすぎない。
生活習慣の乱れは、明日に向かって是正していけばいいんだから。
前向きに!
――さてさて、学生会館に到着したのである。
サークル部屋のドアを開け、挨拶もそこそこに、部屋全体を見渡し、在室のメンバーを確認する。
・脇本くん
・新田くん
・新入生の、幸拳矢(みゆき けんや)くん
この3人。
男所帯だったのね。
新田くんと拳矢くんが、マシンガントークをしているところだった。
わたしがそう言うと、そばの脇本くんが、
「マシンガン打線……?」
と、よくわからない、といった表情で訊いてくる。
知らないのね。
「たとえが古かったかしら」
「……野球用語?」と脇本くん。
「野球の流行語ね。具体的には、98年前後の」
「……98年? 98年に、なにが」
あれっ。
脇本くん、そんなにプロ野球知らずだったっけ?
「1998年は、横浜ベイスターズが日本一になった年なのよ。当時のベイスターズの強力打線を、マシンガン打線、って言ってたの」
「へえぇ……。よく知ってるんだねえ。さすがは横浜ファンの羽田さんだ」
「あの頃は良かったわ……」
「は、羽田さん、きみ、生まれてないでしょっ」
「うん。もちろん冗談よ~~」
「……楽しそうに冗談を言うね」
新田くんと拳矢くんに、聞き耳を立てる。
飛び交う個人名はまったく分かんないけれど、どうやら、声優についての話をしているらしい。
拳矢くんが、声優ファンなのだ。
「――いろいろ声優の名前も出てきたけどさ」
新田くんが、拳矢くんに、
「『推し』は――だれなの? おまえの『推し』声優は」
と訊いていく。
『推し』の声優さんを尋ねる新田くん。――面接官みたい。
尋ねられた拳矢くんは、苦笑いになって、
「『推し』は、あえて作らないんです。ズルい答えなんですけど」
「えーっ。声優ファンなんだろー??」とツッコむ新田くん。
「声優ファン『だから』です」と、拳矢くんも突っ張る。
「ひいきの声優を作らない代わりに、だれも嫌いにならない。――これが、ぼくのモットーなんでして」と拳矢くん。
モットー、かあ。
「嫌いな声優さんなんていません。女性声優のことばっかり考えたりもしません」
高らかに、拳矢くんは宣言。
「…偉いわ。拳矢くん」
「エッ!! ホメてくださるんですか!? 羽田さん」
「ホメるわよ~~。人間の好き嫌いがないって……素晴らしいわよね」
「ありがとうございます。なかなか、ぼくのモットーは理解を得られないことも多くて」
「わたし、読書が趣味で、いろんな作家の本を読むんだけど……」
「読書家なんですね!」
「書き手の好き嫌い……わりと激しいから」
「ま……まあ、趣味は、人それぞれ、ですしね……。」