座ってグランドピアノを弾くのもいいけど、立ってキーボードを弾くのもいいものね。
カロリーも消費できるし、ストレスも解消できる。
このライブハウスに来る前、アツマくんと口喧嘩(くちげんか)しちゃって、ビミョーな空気でマンションを出ちゃったんだけど、その件が雲散霧消(うんさんむしょう)しちゃうほど。
――マンションに帰ったら、アツマくんに優しくしてあげよう。
× × ×
「成清(なりきよ)くん」
「はい、なんでしょうか、羽田センパイ」
「だめよー? 今日のうちは、『羽田センパイ』じゃなくて『愛さん』って呼ぶ約束だったでしょー?」
「アッ」
「呼び直しなさい♫」
「……おれになにか用でしょうか、愛さん」
「まずはライブお疲れ。良かったわよ、あなたのボーカル。迫力があって」
「ありがとうございます」
「素直でよろしい。
――だいぶ、このバンドもレパートリーが増えてきたみたいね。今日も、80年代から2010年代まで幅広くカバーしてたし。
カバーの次のステップは――もうお分かりよね、あなたも」
「オリジナル楽曲……ですか」
「ご名答。『そろそろ』な時期だと思うわよ」
「ですが、いざ曲を作るとなると、一筋縄では……」
「バンドメンバー全員で共作っていうのもアリよ?」
「……あの、羽田センパイも、よろしかったら、曲作りに」
「『愛さん』って呼びなさいっ」
「……すみません」
「わたしが介入しちゃったら、あなたたちの為にならないわよ」
そうピシャリと言って、ジトーッと成清くんの顔を見る。
しどろもどろに、
「作曲、だけでなく……作詞も、必要で……。作詞なら、あすかっていう、心強い『才能の持ち主』が、居ますけれど……」
「そこが問題なのよね」
「――エッ??」
「たしかに、あすかちゃんは『コトバ』にかけては天才よ。これまでの実績が証明してるんだもの」
「『作文オリンピック』の『銀メダリスト』、なんでしたっけ」
「そ。全国2位。つまり、天才だってこと。コトバを扱うことにかけては、ね」
だけど。
「だけど、もしかしたら、彼女の『天才』が、現在(いま)は曇りかかってるかもしれないのよ」
× × ×
わたしなんて到底持つことのできないモノを持っている。
それが、あすかちゃん。
それでこそ、あすかちゃん。
だからこそ。
あすかちゃんが「持っている」ということを、あすかちゃんに「気付かせる」ために。
× × ×
わたしはあすかちゃんの真正面に立っている。
慌ててスポーツドリンクのボトルを口から離すあすかちゃん。
可愛い仕草。
――さて。
「ど、どうしました、おねーさん!? わたしの真っ正面に立って……」
「あすかちゃん」
「……ハイ」
「わたし、なにも言わないわ」
型通りの困惑。
困惑とともに、なにかを感じ始めている気配も読み取れる。
「なにも言わない。だから、その代わりに。あなたの『おねーさん』として。あなたの為になる為に――」
一気に、ぎゅううううっと、あすかちゃんを抱きしめていく。
わたしより少し低い155センチのカラダ。
とてもあったかい。
その『あったかさ』ごと、わたしの愛情で、ぎゅっとぎゅっと包み込む。
1分30秒は包み込んだと思う。
包み込めたと思う。
混乱して赤くなるあすかちゃん。
「な、なんで、なんでおねーさん、いきなり、わたしのカラダ……ぎゅーっ、て」
全て読み通り。
だから、
「『なにも言わない』って、言ったじゃないの」
と、笑顔で、優しく、わたしは。