正面のソファに座っている愛ちゃんとアツマくんを眺めている。
愛ちゃんがアツマくんの方を見て、
「アツマくん。言っておかなきゃいけないコトがあるの」
「なんだ? もしや『明日ブログ休む』とかの告知か?」
愛ちゃんがのけぞって、
「どうしちゃったのアツマくん。どうしてそんなに鋭いの」
「え、ビンゴかよ」
「ビンゴよ。ブログの管理人さんから連絡が来たの。取材旅行をするから明日の5月6日はブログお休みだそうよ」
アツマくんは苦い顔になって、
「ついこの前休んだばっかじゃねーか、管理人の野郎」
のけぞっていた愛ちゃんが今度は詰め寄って、
「『野郎』とか汚い言葉遣いしないで」
「フン!」
アツマくんの態度に愛ちゃんがムーーッとむくれる。
信じられないぐらいに可愛い。
私は愛ちゃんに見惚(と)れてしまう。
愛ちゃんのむくれた顔に吸い寄せられながらも、
「メタフィクションな流れになってるけど、管理人さんはいったいどこに行くのかな?」
「近場の観光地だそうです」
「近場かぁ……」と呟いて管理人さんの行く所を考え始める私に、
「山陰地方の有名な観光スポットですよ。高い所にあるんです」
高い所。
あ。
何となく管理人さんの向かう場所が見えてきたかも。
分かりかけてきたので、愛ちゃんに視線のビームを送る。
愛ちゃんが微笑みを返す。
「おまえと梢さんは通じ合ってるワケだが」
「いけないの? アツマくん」
「そんなコト言わない。ただ、今の問題は」
いったんコトバを切り、テーブルを見下ろし、
眼の前のカップルのために私が買ってきてあげていたのである。
「食おうぜ。まだあったかいと思うし」
愛ちゃんもテーブルを見下ろし、
「1つしか無いわよね。というコトは、2つに分割しないといけないんだわ」
「半分こか?」
「それもどうなのかしら」
「お、おい、何を言う、愛」
何やら愛ちゃんには企みがあるらしい。
「わたし鯛焼きを3分の1と3分の2に分けるのが得意なのよ」
「不公平な分け方にする気か!? おまえが3分の2食うってか」
答えずに愛ちゃんは鯛焼きの皿に手を伸ばす。
きれいな手できれいに鯛焼きを割る。『サクッ』という気持ちの良い音がする。
本当に愛ちゃんは鯛焼き割りが得意だった。鯛焼きがきれいに3分の1と3分の2になった。
それから彼女はアツマくんに笑いかける。イタズラっぽい笑顔。この上なくキュートな笑顔。
「3分の2は、アツマくんよ」
「へ?」
「鈍いわねー。どこまで行っても鈍いのね」
3分の2の方を持ち、私から見て愛ちゃんの左隣のアツマくんに寄せていき、
「3分の2の方は、あなたにあげるに決まってるでしょ。一昨日も昨日も休日出勤だったんだし、エネルギーを補給したいでしょうから。ジャンボ鯛焼きはエネルギー補給にうってつけだわ」
穏やかで優しい表情。そして、穏やかで優しい声。愛ちゃんの愛情。
照れくさそうに愛ちゃんの彼氏が3分の2になった鯛焼きを受け取る。
「鯛焼きを食べる前に言わなきゃいけないコトがあるわよね?」
「……」と、少し目線を下げる愛ちゃんの彼氏。
「それを言えるまで鯛焼き食べちゃダメよ」
まだ照れくさそうなアツマくん。
20代後半の私から見れば23歳のアツマくんのテレテレと照れた表情はとっても可愛らしい。
ようやく、
「あんがと。」
と、大きい方の鯛焼きを提供してくれた愛ちゃんに感謝。
「よくできました。花マルよ、アツマくん」
「おれは小学生ではない」
ツッコミつつも鯛焼きを口に持っていき、頬張る。
「美味しかったです。ありがとうございます、梢さん」
アツマくんから感謝のコトバ。律儀だ。
隣の愛ちゃんも鯛焼きを食べ終えていた。
「流石に名店の鯛焼きだけありますよね。クドくない味わいだった」
彼女はそう感想を述べる。
そしてそれから、
「さて、と」
と言い、隣の彼氏に流し目を送り、
「ねぇ、アツマくん」
「なんじゃいな」
「膝枕」
「はぁ!?」
「膝枕して……ってわたしが要求したら、どうする?」
「するのか、しないのか。どっちなんだ」
「しないわよ。でも……」
どこからともなく出てきた某ポケットモンスターのぬいぐるみを右手に掴み、アツマくんの胸に当てる愛ちゃん。
今年が辰年だからドラゴン系ポケモンのぬいぐるみなんだろうか。
彼氏の胸にぐぅーっと押し付け、それから胸をグリグリしていく。
またもやとんでもなく可愛らしい仕草。
同性の私でも胸がときめくぐらいの愛ちゃんの仕草。
「アツマくん、痛くなんか無いわよね? これが今日のわたしのスキンシップよ」
「こら、梢さんの前で『スキンシップ』とか言うなや」
ツッコミの彼にいっさい構わず、
「これドラゴン系のポケモンですけど、ドラゴンといえば、中日ドラゴンズ」
と超アクロバティックに話題を変化させ、
と振ってくる。
「野球に関してはニワカだからなー、私」
「すみません、衝動的にプロ野球のコトに触れましたけど、衝動的過ぎましたよね」
「そうです。ドラゴンボールよりベイスボールです」
「アハハハ」
「筒香が帰ってきてくれたんですから、立浪の中日なんかコテンパンですよ」
アツマくんが「ベイスターズに対してどこまでもポジティブだよな……。楽観主義というか」とツッコむけど、聞く耳など持たないかのごとく、
「今永もメジャーリーグで頑張ってますし。球界の中心は紛れもなく横浜DeNAベイスターズなんですよ」
「どんだけおれにツッコませたいのか……。おまえ大谷翔平が日本ハムファイターズ出身だってコトぐらいインプットしてんだろ」
「大谷なんかどーでもいいのよ」
「おいコラッ」
「ドジャースのユニフォームって昔の中日ドラゴンズにそっくり。大谷自体よりもそこが気になる」
「確か中日の方がドジャースをパクったんじゃ無かったか?」
彼氏のツッコミが不満なようで、右手で彼氏の左腕をつねっていく。
「肉体言語かよ。おまえってマジ単純だよな」
黙って愛ちゃんはアツマくんの左腕をつねり続ける。
きれいな手指だ。
× × ×
「梢さんは『西日本研究会』のサークル員ですけど、最近『西日本』に関して面白い情報とか入ってきましたか?」
愛ちゃんが訊く。
愛ちゃんに訊かれたから背筋を伸ばす。
「面白い情報を入手したというよりも」
私は、
「最近はね、西日本の美術館をリサーチするのが私の中でブームなの」
と言う。
「美術館!!」
愛ちゃんの眼がきらめき始める。
「具体的には、どんな!?」
「中四国に面白そうな美術館があって。岡山の大原美術館とか、徳島の大塚国際美術館とか」
「良く知ってたね。流石は愛ちゃん」
ここでアツマくんが、
「大塚製薬と徳島になんの関わりがあるんだ?」
と疑問を。
「それを説明するのも私の役目だね。長い説明になっちゃうかもだけど」
「是非説明してください梢さん。気になります」
そんなふうに言う愛ちゃんの瞳はキラキラ。本当に美少女。もっとも『美少女』ってのは私から見てのコトで、もう彼女もハタチ過ぎているんだけども。
「脱線してる気がするぞ。美術館の話だったろ? 大塚製薬とか、オロナミンCじゃねーか」
「アツマくんは黙ってて!! あと、オロナミンCに言及しないで」
「オロナミンCに言及して何が悪いってんだ」
「わたしの中ではオロナミンCと読売巨人軍が容易に結びついちゃうのよっ!!」
「アンチ巨人の発動かよ」
「読売にアンチも何も無いわ。読売という球団を他の5球団が如何に打ち崩すのかがセントラル・リーグの本質なの」
「まーた、とんでもない発言をする……」
「とんでもなくなんか、ない!!!」
……面白過ぎるっ。