【愛の◯◯】カノジョの可愛さとカレシの可愛げ

 

はい!!

私、東本梢(ひがしもと こずえ)。

20代後半だけど、バリバリ大学生。

身長166.5センチ。

好きな豆腐料理は湯豆腐。

 

……このぐらいで良いかな、自己紹介は。

 

× × ×

 

大学で知り合った戸部アツマ君の実家のお邸(やしき)に来ているんである。

アツマ君は仕事休みの日で、『ふたり暮らしカノジョ』の羽田愛ちゃんと共に、普段のマンションからお邸(やしき)に『プチ帰省』しているのだ。

私はそこを狙った。

 

トタトタ、と可愛い可愛い愛ちゃんが玄関近くまでやって来てくれた。

「おはようございます梢さん」

「おはよう愛ちゃん」

『おはよう』を返すなり、びっくりするほど整った愛ちゃんの顔面を私はジーッと観察してゆく。

「あ、あれ、どうしましたか梢さん……」

「どうもしてないよ」

と言いつつも私は、

「愛ちゃんの睡眠時間を当ててみようか」

「昨夜(ゆうべ)から今朝までの、ですか?」

「そ」

彼女の顔から眼を離さず、

「8時間」

と私は。

「どうしてわかったんですか!? ピタリ賞です」

えへへー。

「そりゃー、8時間寝れば、そんなにお肌の状態が良好にもなるわ」

「……すごい観察力と分析力ですね」

「やっぱり7時間か8時間は寝ないとね。思うように睡眠時間がとれなくなったら、『おねえさん』に相談するのよ?」

「『おねえさん』って、梢さんのことですか」

「モチのロン」

たはは……と愛ちゃんは苦笑い。

それから、

「気遣ってくれてありがとうございます。梢さんは優しいんですね」

「どーもどーも。愛ちゃん、あなたは数少ない、私のことを『優しい』って言ってくれる人だよ」

 

× × ×

 

午前11時を少し過ぎたリビング。

私に紅茶が提供された。

向かいのソファのアツマ君の手前にも同じく紅茶が。

しかし、私のほうから見てアツマ君の左隣に寄り添っている愛ちゃんだけは、自分専用マグカップに注(つ)がれたブラックコーヒーを飲んでいた。

「まったくワガママだなーおまえも」とアツマ君。

「なにがワガママなのよ」と愛ちゃん。

「今日も1人だけブラックコーヒーだ。しかも専用マグカップ

「いいでしょ別に。許容してよ」

「こーゆー場では梢さんに合わせたほうが良いんだよ。紅茶は3人分淹れるべきだった」

すると愛ちゃんはツン、と隣のアツマ君から顔を背ける。

可愛い。

驚くべき可愛さ。

なんなのこの娘(こ)。

アツマ君は諦めて、

「んっと。昼飯まで少し時間があるんですけど」

と、私に正対(せいたい)し、

「梢さんが『西日本トーク』をやり始めると際限が無くなるんで、『西日本研究会』での成果の発表は程々(ほどほど)でお願いできますか」

なるへそ。

『西日本研究会』なるサークルに入るほどに、西日本のことを調べるのが大好きな私。

ただ、平和堂(スーパーマーケット)やら阪急電鉄やらRSK山陽放送やらについてひとたび語りだすと、止まらなくなってしまう。だからアツマ君は、『あんまり饒舌になり過ぎないでください』という意思を示しているというわけ。

だけど、

「なにを言ってるのアツマくんは? わたしは、梢さんが西日本の情報をどれだけ喋り続けても、聴いてあげるつもりよ!?」

「ばーか」

「バカじゃないから!! 梢さんの『西日本トーク』面白いし」

「……」

「なによその沈黙は!? どうして梢さんの趣味に理解を示してあげないの!?」

愛ちゃんの怒りを素通りして、

「あの。そもそもの疑問なんですけど。『西日本』って、どこからどこまでなんですか。サークルで、きちんと定義してるんですか」

と真面目な問いをアツマ君がぶつけてくる。

「例えば、愛知県名古屋市は、『西日本』の範囲内に……」

と彼。

「いい質問ね」

と私は言って、

「名古屋近辺は、『西日本』と考えるメンバーも居れば、考えないメンバーも居る。アツマ君は中京競馬場って知らないかな?」

と訊く。

すると、アツマ君に訊いたにもかかわらず、愛ちゃんのほうが一気に食いついてきて、

「確か、中京競馬場は『西』の競馬場として捉えられることが多いんですよね!? 関西馬がたくさん出走するし、G1の高松宮記念チャンピオンズカップのファンファーレも関西仕様だし」

……なぜそんなに詳しいかな。

「詳しいね愛ちゃん。びっくり。そーよ。競馬好きなサークルメンバーは、中京圏が『西』だという意識が強い」

面白くないのはアツマ君である。初期ふてくされ状態……といった感じで、

「葉山がまた、おまえに入れ知恵したんだな。まったく……今にも勝馬投票券を購入する勢いに見えるぜ」

彼の言う「葉山さん」とは愛ちゃんの中高生時代の先輩のこと。どうやら競馬ファンらしい。

ふてくされたアツマ君のツッコミ。

それを、アツマ君の恋人の女の子は、少しも少しも意に介さず、

「ほんとに『購入』しちゃおうかしら」

「はぁあ!?」

「だって今まさに、この邸(いえ)の近所の競馬場でレースがやってるでしょ」

あーっ。

東京競馬場、近いんだよね、ここから。

「お、おれが許さん!!」

アツマ君は愛ちゃんの発言に対し焦り気味。

もちろん愛ちゃんは意に介さず、眼前(がんぜん)のテーブルに置かれてあったスポーツ新聞をヒョイとつまんで、

「見ればわかるわよね? 今日は京都で菊花賞よ」

と、アツマ君の両膝にそのスポーツ紙をパサッと置く。

すごい。愛ちゃんすごい。京都競馬場阪神競馬場で行われる大きなレースのこともインプットしてるんだ。

京都競馬場に直結してる関西の私鉄は――」

と、愛ちゃんは私に目線を合わせ、

「――梢さんなら、もちろん即答できますよね?」

と、微笑(わら)う。

『微笑みがえし』の私。

アツマ君はふてくされるしかない。

しょーがない『ふてくされ男子』であることよ。

社会人1年目の22歳男子。やっぱ、可愛げに満ちている。