ラッキーなことに、今日は研修がお休みだった。
なので、大学の学生会館に向かうことにした。
おれよりも先に、ムラサキと茶々乃(ささの)さんが入室していた。
ふたりに『研修お疲れ様です~』と言われて嬉しかったし、ふたりと雑多な話題でお喋りができて楽しかった。
ムラサキはますますJPOPに詳しくなっているし、茶々乃さんも児童文学について幅広い知識を持っている。
頼もしい下級生である。
本当に頼もしい下級生のふたりとずっと過ごしたかったのだが、非常に残念なことに、11時の手前で、2限の講義を受け終わった八木八重子が、サークル部屋に割り込んできやがった。
入室するやいなや、おれをイジってイジめてくる八木。
これだから、八木は……。
× × ×
喋るだけ喋り倒して八木は出ていった。
悲しいかな、ムラサキと茶々乃さんも、昼から予定があるので……と、正午になると部屋から去ってしまった。
つまり、部屋に独(ひと)り取り残されてしまった……というわけ。
どーすっかな。
ニッポン全国お昼時(ひるどき)だ。
ハンバーガーでも買いに行って、戻ってくるか……といったんは思ったんだが、おれはちょっとこの部屋にマクドナルドやモスバーガーの袋を持ち込み過ぎなんじゃないか?? ということも思っちまった。
たまには、別の食い物も。
『牛丼とかにすっか……吉野家でも松屋でもいいんだが』と思い、外に出ていこうとした、そのとき。
リズミカルなノック音が聞こえてきた。
……もしや。
『彼女』、なのか??
× × ×
「……梢さんでしたか」
「そうよ、東本梢(ひがしもと こずえ)。アツマ君より年上なのに、アツマ君より下級生」
「自己紹介する必要……あったんですか」
「だって、約半年ぶりの登場なんだし」
「だっダメですよ、『約半年ぶりの登場』とか言っちゃあ。メタフィクションになっちゃいますよっ」
「ダメなの? メタになったら」
「……」
困ったぞい。
梢さんの訪問で、昼飯を買いに行く機会を、喪(うしな)ってしまいそうだぁ。
苦しくも、おれは、
「梢さん……。おれ、腹が減っていて」
「え」
「それで、買い出しを……」
「アツマ君。きみって――、きみのカノジョに、お弁当を作ってもらってるんじゃないの?!」
ぐぅ。
「そ、そりゃあ、たまには……作ってもらってますけども」
「なぁんだ」
「……」
「もっとカノジョに、おねだりしてみればいいんじゃない??」
「お、おねだり、って」
「積極性を見せなよ。『もっと弁当作ってくれ~~!! できれば毎日がいい!!』みたいに」
ぐぐ……。
「その……あいつにも、いろいろと事情みたいなものがあって、あんまり負担をかけさせたくないんですよ」
「あーら」
おれの精一杯の抵抗に対し、いつの間にか椅子に腰掛けていた梢さんが、長い脚を組みつつ、
「案外、優しいんだ。自分のカノジョに」
「『案外』は、余計ですよ」
「ほーっ」
不敵な笑いの梢さん。
立っているおれの上半身を、梢さんはジットリと見つめてきたかと思えば、
「話をガラリと変えてもいいかな?」
「はいっ!?」
「私、『西日本研究会』ってサークルに所属してるじゃん?」
「そ、それがなにか」
「島根県西部に興味があるんだよね」
「なぜに!?」
「石見国(いわみのくに)だよ。世界遺産もあるんだよ。石見銀山。知らない?」
「世界遺産があるから、興味を??」
「世界遺産だけじゃないの」
「というと」
「話し始めたら、3時間は話し続けちゃうけど――いいかな」
「3時間!? そんな」
「ダメ~??」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください」
「フフッ……」
「……『腹が減っては戦はできぬ』ってことわざ、ありますよね」
「あるね~~♫」