アカ子さんのお邸(やしき)に来ている。
眼の前にはアカ子さん。
向かい合い。
アカ子さんは今日も美人だ。
平凡なわたしの顔がイヤになるぐらいに。
でも嫉妬する手前で、彼女の容姿の美しさを素直に受け容れる。
受け容れて、それから、
「やっぱりステキですね、アカ子さんは」
と言って、眼と眼を合わせる。
眼と眼を合わせて通じ合うわたしと彼女。
「今日はちゃんとしたいと思ったのよ」
アカ子さんは言う。
「だらしない日々が続いていたし、なによりあすかちゃん、あなたにキチンと接してあげなければいけないと思ったから」
確かにアカ子さんはちゃんとしている。
黒髪ロングストレートがキラキラと輝いている、いつも以上なほどに。
『キチンと接して』云々は、主に失恋に起因するわたしの落ち込みを推し量って言ってくれているんだろう。
でも、
「もちろん心配りは嬉しいんですけど。わたしのほうも、アカ子さんを労(いたわ)ってあげたくって」
「そんな……。無理する必要ないのよ? わたしは徐々に立ち直ってるんだから。あなたのお兄さんと愛ちゃんのマンションに2泊して、ずいぶん助けてもらって」
「わたしの兄がアカ子さんに迷惑をかけなかったでしょうか」
彼女は苦笑いで、
「なに言うのあすかちゃん。迷惑の真反対のことをアツマさんはしてくれたんだから」
……ホントかな。
「あすかちゃん」
ウットリとしたような眼で呼び掛けてくる。
呼び掛けて、それから、
「アツマさんって、あったかいのね」
え!?
「あ……あったかたい、って……わたしの愚兄、もしかしたら、アカ子さんにとんでもないコトを……!!」
「とんでもないコトなんて、なんにもないのよ」
落ち着き払って言うアカ子さん。
× × ×
順番にお風呂に入った。
そしてそれから、大量の缶ビールをアカ子さんのお部屋に運び込んで、ふたりだけのふたりきりの飲み会を始めることにした。
カチャン、と缶と缶を合わせて乾杯する。
わたしはゆっくりとビールを口に含んでいく。
悠長にビールを味わっていたら、アカ子さんのほうは、なんともう2本も缶を空(カラ)にしていた。
今度はロング缶のほうに手を伸ばすアカ子さん。
わたしの様子をチラリと見て、
「あっごめんなさい、絶対にハイペース過ぎよね、わたし」
とアカ子さん。
「スーパードライのロング缶だったら、1分も経たずに空(カラ)にしてしまうのよ」
とアカ子さん。
すごい。
「こんなことではダメよね。親譲りのアルコール耐性を逆に呪うわ」
「遠慮はイヤですよー? アカ子さーん」
「だ、だけれど」
「わたし、アカ子さんの飲みっぷりを肴(さかな)にして、ジックリとビールを味わうので」
「あすかちゃん……」
アカ子さんの手が少しだけ停まる。
しかし、結局はスーパードライのロング缶を開け、ほとんど一気飲みのようにして中身を飲み干してしまう。
すごいなぁ……。
わたしが心から感嘆していると、アカ子さんはベッドの枕元に寄っていき、枕の右横にあった大きな大きなぬいぐるみを持ち上げる。
「カビゴンですね」
「分かるの? あすかちゃん」
「そりゃもう」
「わたしはポケモンをプレイしたことないんだけれど、偶然カビゴンの画像を眼にして、可愛いって思ったから」
「カビゴン、可愛いかなあ」
「可愛いって言うより、癒やされるって言ったほうがいいかしら」
それはいえる。
「アカ子さんの制作したカビゴンぬいぐるみなんですよね? すごいですね、大作だ」
「こんなに大きいから、時間はかかったけれどね」
「裁縫マスターだ」
カビゴンを抱きしめながら彼女は照れ笑い。
それからカビゴンを抱き続けつつ、大小のビール缶の中身を空けていく彼女。
裁縫マスターだし、お酒マスターでもあるんだな。
彼女の麗しき顔面が次第に赤くなっていく。
もちろんのこと適度に赤くなっていく。
「アカ子さん」
「なあに」
「今のアカ子さん楽しそうでなによりです。こっちも嬉しくなる」
「アルコールでの応急処置に過ぎないわよぉ」
そう言いつつも、カビゴンぬいぐるみをムギュッと抱きしめるアカ子さん。
わたしのほうは普通サイズのスーパードライを2本飲んだだけ、だったのだが、幸せそうにカビゴンに抱きついているアカ子さんを見ていると、なぜだかアタマがポーッとなって、
「わたしもカビゴンをムギュッてしたいです」
と、じわりじわりと、ベッド座りの彼女に近づいていく。
彼女とカビゴンとゼロ距離になって、
「さわらせてくださいよー、わたしにもっ」
と、ポーッとなった意識でもって、右手をカビゴンのでっかいお腹に押し付ける。
「さわらせてあげるに決まってるでしょー? 遠慮はやーよ、あすかちゃーん」
案外酔い気味のアカ子さんの意識と、ポンヤリポヤポヤとしてきたわたしの意識が、混ざり合い、溶け合う。
だから。
だから、カビゴンに抱きついているのか、アカ子さんに抱きついているのか、自分のことが自分で分からなくなっていって。
ただひとつ分かるのは、今、嬉しい気分に包まれている……ということだけ。