アカ子さんとハルさんが、お邸(やしき)にやって来ている。
リビングに行って、ふたりにあいさつ。
ハルさんが、
「あすかちゃん、もうすぐ高校卒業だね。おめでとう」
と、わたしに向かって言ってくれる。
アカ子さんも、
「わたしからも祝福するわ。卒業おめでとう、あすかちゃん」
と言ってくれた。
隣同士で座るふたりに、
「ありがとうございます、嬉しいです」
と感謝。
「――わたし、あすかちゃんにプレゼントがあるの」とアカ子さん。
なんだろう?
「リラックマのぬいぐるみなんだけれど……」
彼女は、かばんのなかから、ぬいぐるみを取り出しながら、
「わたしがじぶんで作ったぬいぐるみなの」と言う。
さすがだー。
「さすがは凄腕ですね、アカ子さん。リラックマのぬいぐるみをお手製で作るなんて」
感嘆するわたし。
ハルさんも、
「ほんとうにきみの裁縫は、凄腕だよなあ。あっという間にぬいぐるみを作っちゃうんだもの。手先の器用さがすごいよ」
と賞賛。
リラックマを受け取りながらわたしは、
「リラックマ、大好きですよね、アカ子さん」
「ええ、好きよ。チャイロイコグマも、同じくらい好き」
「あー、チャイロイコグマは、癒やされますよね」
「わかってくれる!?」
ノッてくる、アカ子さん。
「リラックマファミリーの自作ぬいぐるみが、部屋に何個あるのか、って感じだよな」
「…ちょっとっ、ハルくん」
「え…? なんか、おれ、失言した?」
「わたしのお部屋のことまでバラさなくてもいいじゃないの」
「そんなに秘密にしなくたって、じぶんの部屋のこと」
「恥ずかしいのっ!」
「――窓際に、ところ狭しと、自作のぬいぐるみが並んでるんでしたっけ?」
「どうして知ってるの……あすかちゃん。わたしのお部屋に上がったこと、なかったわよね!?」
えへへっ。
「アカ子、あすかちゃんを、じぶんの部屋に入れてあげればいいじゃんか、近いうちに」
「……それもそうね」
「これまで、アカ子さんハウスに、わたしがお邪魔したこと、ほとんどなかったですもんね」
「ごめんなさいね……。あすかちゃん、あなたを呼びたくないとか、そういうわけではぜんぜんないのよ」
「わかってますって」
「そうねえ……」と言いつつ、少しばかり、彼女は考えをめぐらせて、
「……お泊まりに、来る?」
「わたしが、アカ子さんハウスに、ですか!」
「そうよ。蜜柑ともども、おもてなししてあげるから」
わ~い。
「積極的だな、きょうのアカ子は」
「積極的でなにが悪いのよ」
「悪くなんかないよ」
「……ニヤつきながら言わないで」
まーまー、おふたりさんとも。
和やかに。
× × ×
わたしはわたしの部屋に戻って、ぽーん、とベッドに腰を下ろして、それから、仰向けになって、天井のLEDを見上げる。
それからそれから、
それからそれから……。
……高校に入りたてのころの記憶を、掘り起こしてみる。
× × ×
スポーツ新聞部に入って、校内の運動部の取材を始めた瞬間に、
サッカー部のハルさんの、まぶしさ、に気づいた。
気づいてしまった。
自分勝手に、ハルさんを追いかけて。
部活中のハルさんの背中の写真を、新聞には不必要なのに、撮りまくって。
……若気の至りだな。
ストーカーまがいだったという自責の念は、ある。
だけど、
16歳になるかならないかの、まだ幼かったわたしは、
ハルさんに、ほんとうのほんとうに、夢中で、
彼のことしか見えなくって。
サッカー部の練習場所に行くたび、グラウンドを走る彼の姿に、吸い寄せられて、惹きつけられて。
あれが、わたしの初恋。
…苦い初恋だった。
…アカ子さんに、かなうわけなくって。
わたしの知らないところで、ハルさんとアカ子さんの距離が、みるみるうちに縮まっていて。
わたしはなんにもできなくって。
あがいても、もがいても、むしろ、遠ざかってしまって。
どうしようもなくなっちゃったときには、終わっていた。
苦い初恋が、苦い失恋になった。
× × ×
アカ子さんとのわだかまりなんて、いまは、少しも、ない。
「泊まりに来ない?」って言われたら、喜んで泊まりに行きたくなるし。
アカ子さんと、ずっとずっと、仲良しでいたいし。
失恋をバネに、3年間がんばれた……とも、言えるのか。
ギターを始めたきっかけとか、失恋からの立ち直りという意味も、大きかったんだし。
痛い失恋を経験しなかったら、銀メダルの作文だって、書けなかったのかもしれない……。
失恋が、わたしを成長させたんだ。
「アカ子さん……わたし、アカ子さんに負けて、よかった。」
もらったリラックマぬいぐるみを抱いて、天井のLEDめがけて言う。
眼を閉じる。
眼を閉じて、それからそれから、
高校3年間の、数限りない思い出の日々を…回想する。
うれしかったことも、ムカついたことも、悲しかったことも、楽しかったことも、ひっくるめて。
わたしの高校時代は……キラキラ、輝いていた。
絶えることのない、光の瞬きのような。
そんな……かけがえのない、季節だった。
× × ×
『ありがとう』、と、
だれに向けて、ということもなく、小さく、つぶやいてみる。