【愛の◯◯】この3年間が、絶えることなく、わたしを照らしてくれる。

 

アカ子さんとハルさんが、お邸(やしき)にやって来ている。

 

リビングに行って、ふたりにあいさつ。

 

ハルさんが、

「あすかちゃん、もうすぐ高校卒業だね。おめでとう」

と、わたしに向かって言ってくれる。

アカ子さんも、

「わたしからも祝福するわ。卒業おめでとう、あすかちゃん」

と言ってくれた。

 

隣同士で座るふたりに、

「ありがとうございます、嬉しいです」

と感謝。

 

「――わたし、あすかちゃんにプレゼントがあるの」とアカ子さん。

なんだろう?

 

リラックマのぬいぐるみなんだけれど……」

彼女は、かばんのなかから、ぬいぐるみを取り出しながら、

「わたしがじぶんで作ったぬいぐるみなの」と言う。

 

さすがだー。

 

「さすがは凄腕ですね、アカ子さん。リラックマのぬいぐるみをお手製で作るなんて」

感嘆するわたし。

ハルさんも、

「ほんとうにきみの裁縫は、凄腕だよなあ。あっという間にぬいぐるみを作っちゃうんだもの。手先の器用さがすごいよ」

と賞賛。

 

リラックマを受け取りながらわたしは、

リラックマ、大好きですよね、アカ子さん」

「ええ、好きよ。チャイロイコグマも、同じくらい好き」

「あー、チャイロイコグマは、癒やされますよね」

「わかってくれる!?」

ノッてくる、アカ子さん。

 

リラックマファミリーの自作ぬいぐるみが、部屋に何個あるのか、って感じだよな」

「…ちょっとっ、ハルくん」

「え…? なんか、おれ、失言した?」

「わたしのお部屋のことまでバラさなくてもいいじゃないの」

「そんなに秘密にしなくたって、じぶんの部屋のこと」

「恥ずかしいのっ!」

 

「――窓際に、ところ狭しと、自作のぬいぐるみが並んでるんでしたっけ?」

 

「どうして知ってるの……あすかちゃん。わたしのお部屋に上がったこと、なかったわよね!?」

 

えへへっ。

 

「アカ子、あすかちゃんを、じぶんの部屋に入れてあげればいいじゃんか、近いうちに」

「……それもそうね」

 

「これまで、アカ子さんハウスに、わたしがお邪魔したこと、ほとんどなかったですもんね」

「ごめんなさいね……。あすかちゃん、あなたを呼びたくないとか、そういうわけではぜんぜんないのよ」

「わかってますって」

 

「そうねえ……」と言いつつ、少しばかり、彼女は考えをめぐらせて、

「……お泊まりに、来る?」

 

「わたしが、アカ子さんハウスに、ですか!」

「そうよ。蜜柑ともども、おもてなししてあげるから」

 

わ~い。

 

「積極的だな、きょうのアカ子は」

「積極的でなにが悪いのよ」

「悪くなんかないよ」

「……ニヤつきながら言わないで」

 

まーまー、おふたりさんとも。

和やかに。

 

× × ×

 

わたしはわたしの部屋に戻って、ぽーん、とベッドに腰を下ろして、それから、仰向けになって、天井のLEDを見上げる。

 

それからそれから、

それからそれから……。

 

……高校に入りたてのころの記憶を、掘り起こしてみる。

 

 

 

× × ×

 

スポーツ新聞部に入って、校内の運動部の取材を始めた瞬間に、

サッカー部のハルさんの、まぶしさ、に気づいた。

気づいてしまった。

 

自分勝手に、ハルさんを追いかけて。

部活中のハルさんの背中の写真を、新聞には不必要なのに、撮りまくって。

 

……若気の至りだな。

 

ストーカーまがいだったという自責の念は、ある。

だけど、

16歳になるかならないかの、まだ幼かったわたしは、

ハルさんに、ほんとうのほんとうに、夢中で、

彼のことしか見えなくって。

サッカー部の練習場所に行くたび、グラウンドを走る彼の姿に、吸い寄せられて、惹きつけられて。

 

 

あれが、わたしの初恋。

 

 

…苦い初恋だった。

 

…アカ子さんに、かなうわけなくって。

 

わたしの知らないところで、ハルさんとアカ子さんの距離が、みるみるうちに縮まっていて。

 

わたしはなんにもできなくって。

あがいても、もがいても、むしろ、遠ざかってしまって。

 

どうしようもなくなっちゃったときには、終わっていた。

苦い初恋が、苦い失恋になった。

 

× × ×

 

アカ子さんとのわだかまりなんて、いまは、少しも、ない。

「泊まりに来ない?」って言われたら、喜んで泊まりに行きたくなるし。

アカ子さんと、ずっとずっと、仲良しでいたいし。

 

 

失恋をバネに、3年間がんばれた……とも、言えるのか。

ギターを始めたきっかけとか、失恋からの立ち直りという意味も、大きかったんだし。

痛い失恋を経験しなかったら、銀メダルの作文だって、書けなかったのかもしれない……。

 

失恋が、わたしを成長させたんだ。

 

 

アカ子さん……わたし、アカ子さんに負けて、よかった。

 

もらったリラックマぬいぐるみを抱いて、天井のLEDめがけて言う。

 

眼を閉じる。

 

眼を閉じて、それからそれから、

高校3年間の、数限りない思い出の日々を…回想する。

 

うれしかったことも、ムカついたことも、悲しかったことも、楽しかったことも、ひっくるめて。

 

わたしの高校時代は……キラキラ、輝いていた。

 

絶えることのない、光の瞬きのような。

そんな……かけがえのない、季節だった。

 

 

 

× × ×

 

『ありがとう』、と、

だれに向けて、ということもなく、小さく、つぶやいてみる。