日曜の、朝。
『彼』がやってくるにはまだ時間があったから、愛ちゃんと電話でお話していた。
「……さやかちゃんもいろいろとたいへんなのね。あとでわたしもなぐさめてあげたいわ」
みんなそれぞれに、なにか抱えてる……と、電話を終えたあとで、しみじみと思っていると、
『おじょうさま~、身支度はだいじょうぶですか~』
余韻を、蜜柑がブチ壊してくる。
「ノックもしないで声かけてこないで!」
『あ、すみません』
「身支度ならもうとっくにできてるわ」
『ハルくんを迎えられそうですか?』
「ええ」
『わたしが点検してあげましょーか』
「……蜜柑、あなたのアタマのほうを点検してあげたいわ」
『ひ、ひどいですぅ』
――まあ、時間も余ってるし。
「入ってきてもいいわよ」
『ほんとですかぁ?』
「時間つぶしの相手になってちょうだい」
× × ×
部屋に入ってきたとたん、
わたしの立ち姿をじーーっと見つめてくる蜜柑。
「なによ、全身をなめ回すみたいに」
「お嬢さまは――身長高くないわりに、スタイルいいですよね」
「なに言うの」
「ほめてるんですけど」
「あなたほどじゃないわよ。ファッションモデルみたいな身体(からだ)してるくせに」
「――胸の大きさとかは、あんまり変わらないじゃないですか」
「ばばばバカッ」
「わたしがそれほどでもないというか、アカ子さんが意外に大きいというか」
「朝からバカみたいな話しないでよっ」
いかにも、『アカ子さんは何カップでしたっけ?』とか訊いてくる流れ。
イヤな流れ。
そもそも――『何カップでしたっけ?』以前に、サイズ知ってるでしょ、あなたは。
逆に――、
「蜜柑って――Cだったっけ、Dだったっけ」
「ええええっとつぜんなんですか」
「――大声禁止。」
「アカ子さんが……お嬢さまが……はしたない質問を……」
「そうね、どうでもいいこと訊いちゃったわね」
茶番みたいなやり取り。
今度は、わたしのほうから、蜜柑の168センチの身体を眺め回して、
「ハルくんは……蜜柑の身長、抜いたみたいね」
「どうやら」
「くやしい?」
「そんなことないですけど」
いつの間にか椅子に座っていた蜜柑は、
「ただ……ハルくんも、ずいぶんたくましくなりましたよね」
「気づくの遅い」
物思いのような表情をして、
「先週日曜来たときなんか……鬼気迫る勢いで、わたしに迫ってきて」
「それはハルくんが焦ってたのよ」
教師役のわたしが笑いながら怒るから、取り乱して、蜜柑の手も借りたかったのだ。
蜜柑をタジタジにさせるくらい、ハルくんは、笑いながら怒るわたしに恐怖を感じていたみたいで。
今後は、笑いながら怒るのはやめよう、と心に決めた。
「ハルくん……なんというか、『少年』から脱皮しつつある、というか」
それはそうよ、蜜柑。
「わたしだって、もう『少女』っていう年頃でもないわ。もうすぐ大学生になるんだもの」
いつまでも、子どもじゃない。
黙っていても、時は過ぎていく。
「それでも、お嬢さまは、いくつになっても、わたしのお嬢さまですよ」
本音、なんだろう、蜜柑の。
もしかしたら、わたしやハルくんが子どもじゃなくなるのが、蜜柑には寂(さみ)しいのかもしれない。
『天涯孤独なメイドです』――そんな自虐を、むかし蜜柑の口から聞いたことがあったかもしれない。
「蜜柑」
「はい、なんですか」
「人間は……寒い季節になると、寂(さみ)しがるものよね」
「――?」
「蜜柑、あなた……、
……、
最後に合コンに行ったのは、いつ?」
蜜柑が椅子から飛び上がった。
× × ×
茶番をずっと演じていたような感覚で、
勉強を教えるモードに、なかなかシフトできない。
「ねえ……ハルくんは、大学生になったら、なにがしたい?」
いきなりわたしがそんなことを言ったから、目が点になりそうなハルくん。
「……まだぜんぜん考えてないよ。第一、受かるかどうかも、まだわかんないんだし」
「受かるかどうか、じゃないのよ。受かるのよ」
念押し。
彼を正面から、じっとりと見て、
「サッカーは、どうするの? 大学でも、続けるの?」
彼は、あまり間を置かずに、
「続けるつもりだよ。」
「そうなのね。……やっぱり、捨て切れないわよね」
「捨てられるもんじゃないよ」
キッパリと彼は言う。
いまのハルくんは――わたしより、強い。
思わず、こんなことばが、こぼれ出す。
「わたしには――そういうものが、あったかしら」
「ぜったいに、捨てられないもの?」
「……じぶんのなかで、揺るぎないもの。そんなものが、すぐには思い浮かばない」
寒さは、寂しさだけではなく、『不安』もあおる。
けれども、わたしの『不安』を打ち砕くようにして、
ハルくんは、
「――すぐに思い浮かばないのは、きみが才能にあふれてるからだよ」
力強く、言ってくれる。
「ずいぶん無理矢理な理屈ね」
わざと、苦笑いしながら、ダメを出してみるけれど、
「例えば――あなたは、わたしのどんな才能を、認めてくれる?」
訊き出さずには、いられない。
すると、ハルくんは、
「……ぬいぐるみを、じぶんで作っちゃう才能」
予想外なことを、言い出してくるのだ。
「あなた……わたしのお裁縫の腕を、高く買いすぎじゃないの」
「だって! 窓際のぬいぐるみ――また、増えてるじゃないか」
窓際のぬいぐるみ軍団に目を転じたかと思えば、
「先週はコアラはいなかったよね」
……ええ。作ったわよ。
作ったわよ、コアラ。
コアラの◯ーチのイラストから、着想を得て……!
でも――よく気づいたわね。
蜜柑は、気づかなかったのに。