学生会館に来たら、サークル部屋の前に星崎姫が立っていた。
「戸部くんだー。ちょうどよかったー」
…だれかが部屋のロックを解除してくれるのを待ってたってか。
「おまえいつからそこに立ってたんだ」
「30分前」
「…すごい根性だな」
「根性ってなによ、根性って」
なにも言わず…サークル部屋を解錠。
× × ×
「ギンさん、さいきん来てないの?」と尋ねる星崎。
「卒業間際で、いろいろと立て込んでるらしい」とおれは答える。
「鳴海さんは?」
「まあ…神出鬼没キャラだから、あのひとは」
「ムラサキくんは?」
「きょうは行かない、という連絡が入ってる」
「そっかあ……じゃ、川原くんや下原くんは?」
「とうぶん来ないんじゃねーのか? 長期休暇中なんだし」
「モブキャラだもんね、川原くんも下原くんも」
「……おまえの自己主張が激しすぎて、モブの度合いが高まるところまで高まっちまってる気がする」
「……それって、わたしが悪い、って言いたいの」
「そんな意図はない」
ホントぉ!? と、不機嫌な顔の星崎。
星崎をなだめるべく、
「星崎さんよぉ」
「……なによ」
「きょうのリボン、良く似合ってるぞ」
虚を突かれ、
「似合ってるって……なに」
とうろたえる星崎。
「ことばどおりだ」
平静を保ちながら言うおれ。
動揺で、星崎の眼が泳いでいる。
……しばらく迷走したのち、
「……しゅ、就職活動は、どうなの?? 戸部くん」
とアクロバティックに話題を転換してくる、星崎。
おれは冷静に、
「ボチボチだよ」
と返答。
「ボチボチって……便利な逃げことば、使わないでよ」
「ほんとうに、ボチボチなんだ」
「ちょっとよくわかんないっ」
「逆に、星崎、おまえは?」
「……戸部くんよりは、ボチボチがんばってると、思うよ」
「なーんだよ。おまえも『ボチボチ』言ってんじゃんか」
「ほ、ほんとのほんとに、がんばってるんだもん!!」
ははは……。
「笑わないで」
「すまない」
「『すまない』じゃ、済まされないっ。この部屋にぬいぐるみみたいなものが置いてあったら、ぜったい戸部くんに投げつけてる」
「おいおい、気性が荒いぜ」
「荒いよ!」
× × ×
飲み物を買ってきて、と言われた。
素直に、パシリになって、飲み物を買いに行って、戻ってきた。
ストローを噛みつつ、星崎が訊いてくる。
「羽田愛ちゃんは、元気?」
「あたりまえに元気だぞ」
「ふーん……。
元気だったら……スキンシップも、はかどるよね」
「スキンシップぅ?」
「戸部くんに対する、愛ちゃんの……」
あー。
「あいつは、すぐ抱きついてきたりするからなー」
「……みたいね」
「……まあ、スキンシップ過剰なのも、あいつらしさなんだと思うよ?」
「……意味わからないぐらい、あの子はあなたが大好きよね」
「……いいじゃんかよ。」
「……見守る。そっと」
「見守ってくれれば、ありがたい」
なんとも言えない静寂が流れる。
静寂を、打ち破ったのは、
ドアの、ノック音。
茶々乃さんかな…と思って開けたら、やっぱりビンゴだった。
× × ×
「茶々乃ちゃんが来てくれて助かったー。戸部くんと愛ちゃんのノロケぶりに、エネルギー吸い取られるところだった」
茶々乃さんは呆れ顔で、
「どんな会話してたの、姫ちゃん」
「いろいろよ。ノロケ話以外にも、いろいろ」
「おれはノロケ話をした記憶ないんだが」
「ツッコミ入れても無駄よ、戸部くん」
「荒ぶってんなあ」
「フンっ」
「フンっ」と突っぱねる星崎を見て、茶々乃さんが、
「大変ですね…アツマさんも」
「大変だ。1時間近く同じ空間に居るもんだから、消耗する」
「姫ちゃーん。くたびれさせちゃダメだよ、アツマさんを」
茶々乃さんが星崎をたしなめてくれる。やった。
「……」と、不満が充満したご様子の星崎。
せっかく、「リボン似合ってる」って言ってやったのに、おれの「リボン似合ってる」発言も、忘却の彼方に行っちまったってか。
なぜか、立ち上がり、
なぜか、CD棚に向かっていき、
なぜか、棚の整理整頓をおっ始める。
行動原理がおれには理解不能な星崎が、リボンを揺らしつつ、CD棚をいじりながら、
「茶々乃ちゃん。――きょう、ムラサキくんは来ないよ」
「え? ――ムラサキくんが、どうかしたの」
「ザンネンじゃない? 茶々乃ちゃん」
「ザンネン、って?」
「だから。――ムラサキくんも居たほうが、ぜったい楽しかったでしょうに」
「んー」
茶々乃さんは、平然と、
「ムラサキくんとは、この前、会ったからなー」
「…アカ子ちゃんの、邸(いえ)で?」
「そう」
「蜜柑さんが…もてなしてくれたんだっけ」
「だよー」
「……茶々乃ちゃん」
「……姫ちゃん?」
「あなた……蜜柑さんに、ヤキモチ焼いたりすることって、ない?」
「なんで、そう思うの??」
「ほ……ほら、蜜柑さん、ムラサキくんと、『まんざらでもない』というか、なんというか、で……!」
「――姫ちゃん」
「……?」
「親しき仲にも、礼儀あり、でしょ♫」
補足。
星崎と茶々乃さんは、親戚なのである。
……ヒヤヒヤするぜ。