【愛の◯◯】笑いながら怖気づかせるのはやめてくれ

 

さて、日曜日ということで、勉強を教えてもらいに、アカ子の邸(いえ)にやってきたわけだ。

 

ところが――。

 

× × ×

 

「なんでそんな不機嫌なんだ」

「不機嫌だから、不機嫌なのよ」

 

なんだそりゃ。

 

どうも、ムスッとしている。

 

さては――。

 

「蜜柑さんと、ケンカした?」

 

どうしてわかったの……と言いたげに、眼を丸くして、おれの顔を見てくるアカ子。

 

「おいおい、なんか答えてくれよ」

 

黙りこくったかと思うと、恥ずかしそうにプイッ、と顔をそむける。

図星なんだな。

 

「……ケンカするほど仲がいい、っていうけど、きみと蜜柑さんは、まさにそうだと思うよ?」

 

椅子から立ち上がって、窓際に置いてある(おそらくお手製の)ぬいぐるみを持ってきて、ぬいぐるみを抱きつつ、また座って、

「どうしてわかるのよ」

「ずっと見てきたからだよ」

可愛らしいぬいぐるみをギュッ、と抱きしめて、

「ケンカばかりしてるわけじゃないんだから……わたしたち」

「なら、仲直りしなよ」

「あとで」

「あとまわしはよくない」

「なんで!?」

「なんだって、あとまわしはよくないよ」

「……てんで理由になってないじゃない」

「理由や理屈じゃないよ」

たまには、アカ子を突き放してみようと思って、

「仲直りするまで、勉強やんないよ、おれ」

困った顔になるアカ子。

「たまには、おれの言うことも聞いてくれよ」

 

× × ×

 

椅子にぬいぐるみを留守番させて、アカ子が部屋を出ていった。

ぬいぐるみと向かい合って、時間をつぶす。

厳しすぎたかな、おれ。

――不機嫌な彼女も、嫌いじゃないけど、

やっぱり、上機嫌なほうが、好きだし、

なにより、そっちのほうが、勉強もはかどるだろう。

 

× × ×

 

「ごめんなさい、ずいぶん待たせてしまって」

「いいんだよ、仲直りできたのなら」

「――ハルくんの言う通りだったわ。あとまわしにしてたら、ケンカのことばかり気になって、勉強を教えるのに集中できないところだった」

「だろ?」

照れくさそうに、微笑みながら、

「ときどきなら……さっきみたいに、あなたが強く言ってくれたほうがいい」

だよなー。

「わたしが言いっぱなしな面も、あったから」

「まあ、そこは、おれのせいでもある」

「もっと叱ってくれてもいいのよ」

「もっと、って……。きみのどこを叱るんだ」

「思いつくでしょ? ちょっと考えれば」

そう言ってアカ子は笑う。

 

× × ×

 

そんなこんなで、上機嫌なアカ子とともに勉強を始めた。

きょうはまず、英語から。

自分用のPCを手に入れたアカ子が作成した、単語テスト。

これを解くところから、『授業』はスタートする。

 

ニコニコしながら単語テストを添削するアカ子。

上機嫌なのはいいんだが、

「……きみは、ずいぶん楽しそうにバッテンをつけるんだな」

「採点って、楽しいじゃないの」

「あ、そう……」

そして、満面の笑みで、

「きょう間違った単語は、来週までにぜんぶ覚えてきてね」

「……覚えきれなかったら?」

満面の笑みを保ったまま、

なにをいってるのハルくん

「え……」

これ以上ないくらい明るい笑顔で、

覚えられないなんて、ありえないから

朗らかに、弾む声で、

必ずぜんぶ、覚えてきてね

 

× × ×

 

――萎縮しながら、英語長文問題を解く。

 

エアコンの暖房が、あまり効いていない気がするのは――気のせいか。

 

時計に眼をやると、11時を過ぎている。

よそ見しないのよ

すかさずアカ子が右腕をつかんで注意してくる。

終始にこやかな彼女。

楽しそうな雰囲気が、怖い。

 

 

しばらくして、部屋をノックする音。

蜜柑さんだ。

よく来てくれました、蜜柑さん。

この空気は……おれにはツラい。

 

「おれが出る」

助けを求めるように、バッと立ち上がる。

問題は、ほったらかし?

笑いながら怒るアカ子。

黙ってドアに近づくおれ。

途中で投げ出すなんて、あなたらしくないわね

笑いながら詰(なじ)るアカ子。

寒気(さむけ)を感じながらドアノブに手をかけるおれ。

 

「あら、ハルくんじゃないですか。てっきりお嬢さまが出てくるものと思いきや」

すがるようにして、

「蜜柑さんっ!」

「えっ、どうかしましたか?」

「お、おねがいが、あります」

「――お昼に食べたいものでも?」

思わず、蜜柑さんに近寄って、

「そんなんじゃないです、そんなんじゃないんですっ」

ハルくん!?

驚きのあまりのけぞる蜜柑さん――は初めてだが、

そんなことには構っていられなかった。

「ど、どうしちゃったんですか……壁にドーンって手をつける勢いですよ、いまのハルくん」

――おねがいです!

困惑した顔で、「……はい」と応(こた)える蜜柑さんに向かい、

「アカ子を、アカ子を不機嫌にしてやってください

 

「なぜに……??」

 

「上機嫌で……困ってるんです」