八百屋さんバイトから帰ってきて、くつろげるはずだった。
それなのに、
おれの部屋に、
さっきから、従姉妹(いとこ)のしーちゃんが……!!
「ハル、もうちょい冷房効かせようよ。暑くて汗が出ちゃう」
「――もう9月後半なんだよ!? しーちゃん」
「あたし暑がりだし」
「そんなに薄着なのに!?」
「暑がりなのは、暑がりなのっ!!」
――ったくっ。
「じぶんでエアコン調節してくれよ。リモコンの場所、知ってんだろ?」
「ケチ~~」
……しぶしぶ、じぶんでエアコンのリモコンを操作するしーちゃん。
部屋を寒くしたかと思うと、勉強机の上からクリアファイルを強奪して、団扇(うちわ)代わりにパタパタあおぐ。
「おれのクリアファイルなんですけど」
「ハルのものなら、あたしのものでもあるっしょ」
「……どこかで聞いたようなロジックを」
「ハル~~、あたしたち親戚なんだよ~~??」
「それがどうしたんだよっ! 親戚だって事実が不幸に思えてくるよ、おれには」
「ま~たそんなこと言う」
おれの苛立ちなど意に介さず、
「アカ子ちゃんは?」
「は!?」
「アカ子ちゃん、いまどこでなにしてんの? 彼氏だったら、知ってるでしょ??」
「……」
「ちょっとぉ、ハルぅ~」
「……たぶん、邸(いえ)でくつろいでるよ。本を読んだり、音楽を聴いたりして」
「ほんとぉ!?」
「……きっと」
「典型的なお嬢さまじゃないの」
「いいじゃんかっ、お嬢さまでも」
あぐらをかいて、ニヤニヤしつつ、
「ハルぅ~~、アカ子ちゃんに、電話してみてよぉ~~~」
「ほ、本を読んでる最中かもしれないだろ!?」
「読書中に電話しちゃダメなの??」
「お、おれは、アカ子の邪魔を、したくなくって」
「そもそも、あっちがなにしてるかなんて、電話とかで訊いてみなきゃ、わかりっこないじゃん」
「――読書してないのなら、レコードを聴いてるかもしれない」
「あんたにはそういう可能性しか浮かばないの??」
「ほっほかにどんな可能性が」
ゲスっぽい笑いで……、
「服を、着替えてるとか」
「なおさら電話しちゃだめじゃんか!!」
「あわててる、あわててる、おもしろーい」
這い寄るように、しーちゃんはおれに近づき、おれからスマホを奪い取ろうとする。
懸命に、しーちゃんの魔の手からスマホとアカ子を守ろうとしたが、
しーちゃんから飛び退(の)いた弾みで、スマホをポロッと落としてしまった。
すかさず魔の手が迫る。
――強奪後、その魔の手で、ポチポチとスマホを操作していくしーちゃん。
犯罪的だ。
通話ボタンを押したらしく、スマホを耳に当てる。
止める気力も萎えていく。
絶望的な、しーちゃんとアカ子の通話が始まる……!
ところが。
「あ、あ、あれっ!? ……だれですか、あなた?? アカ子ちゃんじゃ、ありませんよね??
……住み込みメイドのかた、なんですか!?
はい……、
はい……、
アカ子ちゃんは、お取り込み中である、と……。
……そうですか。
わかりました。
それは、しょうがありませんね……。
失礼しました。
……はい、
いえ、いえ、どうもすみませんでした。
では、失礼します……。」
これは――形勢逆転、ってやつでは!?
へたり込み、黙ってスマホをおれに返却する。
「……」
「しーちゃん。もしや、蜜柑さんを知らなかった?」
しょげにしょげて、
「……メイドさんいる、とは聞いてたけど」
「知らなかったんだね」
天を仰いで、
「まさか、アカ子ちゃんの代わりに、電話に出てくるなんて」
そう言って、仰向けに横たわる。
「蜜柑さんは……そういう女性(ひと)なんだ」
「――美人?」
「え」
「だからっ、美人?? 蜜柑さんって」
…おれは思った。
蜜柑さんのビジュアルを、しーちゃんに見せるのが、手っ取り早い…と。
寝っ転がって、気力ダウンが明白な、しーちゃんの顔に、
スマホ画面を突きつける。
おれとアカ子と蜜柑さんの3人が写ってる写真。
とりわけ、蜜柑さんがよく目立ってる写真だ。
「…ほら。これが、蜜柑さんだよ」
スマホ画面を眼にしたしーちゃん。
いっしゅん、穏やかとは真反対の表情に。
……それから、うろたえというか、弱気というか――ふだんはほとんど見せない、ちからのない顔になって、
「ハルっ……。」
「……?」
「あたし、泣きそう」
「!?」
「だって、だって、『やいちゃう』んだもん!!」
「『やいちゃう』?」
「嫉妬!! 嫉妬で妬(や)いちゃうのっ!!」
「蜜柑さんに――」
「だって、がんばっても、こんな女性(ひと)にはなれないんだもんっ!!!」
「それは――身体的な」
「勝ってるとこ、どこにもないんだもんっ。背の高さ、脚の長さ、くびれ、胸、顔も、それから、それから……!」
「――くやしい?」
「くやしい。今年最大のくやしさ」
おれは……思わず、笑ってしまった。
なぜなら、
くやしさを知る、ということは――、しーちゃんにとって、むしろプラスになる。
そういう直感が――たしかに、あったから。