わたしが作った昼ごはんを、ハルくんと食べている。
箸を置き、
料理をひたすら口に運んでいるハルくんを、眺める。
――日焼け。
よく、焼けていること。
夏だから、しょうがないわよね――。
「…アカ子? 食べないの?」
無言でハルくんに視線を送る。
『気持ち』を込めた、視線を。
視線に込めた『気持ち』――わかってくれたかしら?
――たぶんわかってくれてる。
ちょっとドギマギし始めてるから、彼。
× × ×
「ごちそうさま。美味しかったよ」
「なにか、意見は?」
「意見…?」
「わたしの作った料理に対する」
「……そうだなあ」
ハルくんは平らげたお皿をまじまじと見て、
「美味しかったけど、量が多かった」
「……痛いところを突くわね」
「ま、きみの胃袋に、ちょうどいい量だったんだろう」
「なに言うのハルくん」
「きみのほうが大食いだし」
余すところなく食べつくした、わたしのぶんのお皿を、あわてて猛スピードで重ねて、
「か、かたづけを、するわよ」
「アカ子…声、震えてない?」
「片づけよ! てつだって」
「あ、はい」
× × ×
「チャームポイントだと思って言ったんだけどな」
「大食いのどこがチャームポイントなのよ」
「わからないかあ」
「……あなたにしたって、チャームポイントが」
「え?」
「こんがりと、日焼けした、肌……」
「そんなに、こんがり焼けてる?」
「……焼けてるわよ」
「チャームポイントとは、ちょっと違うんじゃないかなあ」
「――八百屋さんで、朝から、力仕事のバイトだから、そんなに焼けてるのかしら」
「ずいぶん強引に八百屋バイトの話題に持っていくんだねぇ」
「悪い?」
「悪くは、ない」
「どうかしら? ――続けて、いけそうかしら?」
「いけそうだよ。思ったほど、しんどくないし」
「サッカーで鍛えた体力も、伊達じゃないのね」
「オヤジさんは、頑固一徹! って感じだけど」
「あら、コワいのね」
「基本、厳しいんだけど……」
「?」
「スマホの、某アイドル育成ゲームにはまり込んでいて」
「……ご主人が?」
「オヤジさんが。――で、部屋に、アイドルキャラのポスターを貼ってたりするんだよ」
「……裏があるのね」
「ないほうが、珍しいんじゃない? 裏」
わたしの部屋、
ハルくんはわたしのベッドに、
わたしはわたしの勉強机に、
それぞれ腰かけ、こういったやり取りを交わしている。
わたしの模型店バイトについて訊くハルくん。
順調よ、と答える。
それからバイトでの順調ぶりをひとしきり話す。
ときに生意気なミニ四駆少年の男の子たちについての愚痴は――避けて。
「なら、続けていけそうだね」
「ええ。とうぶんお世話になると思うわ」
…机に置いていた、わたしのスマートフォンが、震えた。
たぶん、蜜柑からの、LINEメッセージ。
おそらく、『もうすぐ邸(いえ)に帰りますよ』という連絡だろう。
ところが……、
蜜柑からのLINEメッセージは、
予想だにしない内容だった。
「どうしたのアカ子? 左手で頭を押さえて。頭痛?」
「頭痛……じゃ、ないけれど」
「だったらなんなのさ」
「蜜柑が……」
「蜜柑さん、?」
「そう。
……蜜柑、しばらく帰ってこない、って」
「夜まで?」
「そう。夜遅くなっちゃうのかも、しれない……。高校時代のお友だちとバッタリ会って、いまから遊ぶことになったらしく……」
予定が狂った、というより、蜜柑がじぶんで予定を狂わせた。
『15時までには帰ります』って言ってたじゃないの、蜜柑!
蜜柑の帰りが遅くなった。
蜜柑はしばらく帰ってこない。
お父さんもお母さんも、しばらく帰ってこない。
……少なくとも、日が暮れるまで、
このお邸(やしき)で、ハルくんとふたりきり。
「蜜柑さんの、高校時代の、友だちかあ」
彼は、朗らかに、
「おれ、蜜柑さんが高校時代、どんな感じだったかとか、興味あるなあ~」
「――そういう問題じゃないでしょハルくん」
「?? なに言い出すの」
ああ……。
焦ってるんだ、わたし……!
「よかったら、教えてくんない? 高校生だったときの、蜜柑さんについて――」
「――期待しても、面白いエピソードとか、そんなには出てこないわよ」
これは、はんぶんは、本音。
――だけれど、
こうなったのは、こういう由々しき事態に陥ったのは、
蜜柑のせい。
それならば、
蜜柑のいないところで、
蜜柑のあんなことやこんなことをハルくんにバラしたって、
天罰は……当たらないはず。
「……そうねえ。アルバムを見たりするのは、面白いかもしれないわね」
「卒アル?」
「卒業アルバムもだけど、それだけじゃないわ」
「見してくれるの?」
「ええ。見せてあげる」
「いいの? 蜜柑さん怒んないの?」
「罰当たりなのは蜜柑のほうよ……」
「??」
× × ×
蜜柑の部屋におもむき、アルバム類を強奪。
わたしの部屋に戻り、勉強机とベッドのあいだのテーブルに、アルバムをどさり、と置く。
わたしとハルくんは、床座りの向かい合いで、蜜柑アルバムを物色していく。
「うわーっ、制服姿の蜜柑さんだ!!」
「そんなに……絶叫するほど、うれしいの?」
「こんな写真が見られるなんて、思ってなかった」
「……それは、高3の、卒業間際のときの」
「おれの母校より制服がかわいいや」
「どこに眼をつけるかと思いきや……」
「こっちは、高2の修学旅行での写真ね」
「修学旅行あったんだ」
「ゼータクよね」
「ゼータクだ」
「わたしもあなたも、修学旅行が存在しない学校で……」
「お互いさま、だな」
思わず微笑むわたし。
微笑みついでに、
「この写真見て」
「――これは、修学旅行での、『班』の集合写真、的なやつ?」
「きっとそうでしょうね」
人差し指で写真に触れ、
「――この、いちばん右の、男子生徒」
「彼がどうかしたの?」
「修学旅行が終わって程なくして……蜜柑の彼氏になった」
「ま、マジか」
「短期間だったけれど、ね」
「別れたのは、どうして…」
「蜜柑のほうが、飽きちゃったみたいで」
「…すごいんだな、蜜柑さんは」
どういう意味合いで「すごい」のかしら。
「――垢抜けてるわね、それにしても」
「このころから、ってこと?」
「そう――あんまり、気づいてなかったけれど」
アルバムに眼を凝らし、
「すらりとした身体(からだ)の線……モデル並みの脚の長さ……プリーツスカートもよく似合っていて……」
「あ、アカ子、なんか、不穏だよ!?」
「胸にしたって……わたしより、少しだけ……!」
「ど、どこに眼が行ってるの、ヘンなとこで張り合わなくたっていいじゃんか」
「……」
アルバムをぱたんっ、と閉じ、
姿勢を正しつつ、
「……あなたの言うとおりだわ。ヘンに興奮して、ごめんなさい」
「アカ子…」
「あと5時間くらい……ふたりきりね」
「…そうみたいだね、どうやら」
「耐えてちょうだい、あと5時間。わたしのヘンな、テンションに」
「ヘンなテンションって……お昼、食べ過ぎたからじゃ!?」
「耐えてね」
「……なにしよっか、つぎ」
「お好きなように……」