【愛の◯◯】ポニテ姉さんと本と音楽と

 

葉山家。

わたしの部屋で――、

泥酔したポニーテール姉さんが、寝転んでいる。

 

「はやましゃ~ん、もうわたしのめないよぉ~~」

うわ言(ごと)のように言うポニーテール姉さん。

美人が、台無し……。

「飲む必要もないし、これ以上飲んだらぜったいいけませんよっ」

「おー」

うつぶせから仰向けにひっくり返って、

「かしこいことゆーね、はやましゃんは」

早く、

早くなんとかしないと。

 

…あらかじめ用意していたミネラルウォーターを、彼女に飲ませる。

 

彼女はミネラルウォーターすらも、すごい飲みっぷりで、

がぶがぶ飲んだあと、わたしのベッドに仰向けに寝転び、

羽根を伸ばすように、大きく両手を広げた。

 

あ~~

 

やってられないよ、という気持ちのこもった、叫び声。

 

「……ぜったい、なにかあったんですよね!? ヤケ酒しなきゃ、やってられないようなことが。いつになくビールの飲みかたも急ピッチだったし――」

「――あったよ。あったんだけどさ」

むくっ、と上半身を起こして、

「ノーカンでいこうよ」

「ノーカン…ノーカウント? いったいなにを、ノーカウントに……」

「いろいろもろもろのことよ」

 

……しだいに正気を取り戻していっているような感じは、ある。

 

「葉山さんがここまで運んできてくれたんだよね!?」

「はい。電車に乗せるのとか、たいへんでしたけど」

「悪かったよ」

「……おじさんのお店に泊めるわけにはいきませんし」

「よくがんばった。立派だ、葉山さん」

少し恥ずかしい。

 

「この家どこ?? 世田谷??」

「オフレコです!」

「そっか。オフレコね。以後気をつける」

 

いきなり彼女が、ポニーテールを結んでいるヘアゴムに手をかけた。

 

ポニーテールが、ほどける。

 

ほどけたあとの、長い黒髪が……とっても、なまめかしい。

 

「…どうしてポニテほどいたんですか」

「窮屈だから。」

「窮屈……」

「――葉山さん、これからどうする? せっかくポニテほどいたし、ふたりで夜ふかしでもしちゃう?」

「夜ふかしは……からだに悪いかと」

「それもそうね」

 

おもむろに、わたしの間近にからだを傾けてきて、

 

「葉山さん、あなた――」

「なっなんですか」

「あなたは――とっても、繊細、なんだと思う」

 

ドキリとして、

「よくわかりましたね……」

「認める?」

「認めます。」

 

この女性(ひと)なら、事情をオープンにしてもいいと思ったから、

「こころもからだも……デリケートすぎるくらいデリケートなんです……わたし」

 

「……なるほどね」

わかってくれたのかな。

「そんなにデリケートなのなら、添い寝してあげようか?? 今晩」

え、えええっ!?

 

「わ、わたしの部屋で寝るのはいいんですけど、下で布団で寝てくださいよ」

要求すると、

「――なんかゴメン。そうさせてもらうよ」

素直だった。

 

× × ×

 

「気持ち悪いこと言いまくってゴメンね」

そう謝りながら、

わたしの本棚に、眼を向けている彼女。

ポニテはとっくにほどけてるから……元・ポニテ姉さんだ。

「――すごいね。難しそうな本、いっぱい読むんだね。わたしも読書しないわけじゃないんだけど、次元が違う」

「どんな本が――お好きなんですか?」

思わず条件反射みたく、尋ねてしまう。

わたしの悪いクセ発動。

 

元・ポニテ姉さんは、日本の流行エンタメ作家のよく売れている本を、何冊か挙げた。

 

「それは、たしかに――『次元が違う』かも、しれませんね」

とてもイジワルで失礼な言いかただったけど、口に出すのを自重できなかった。

読書というものに対して、真剣であるがゆえの、率直な、物言い。

「…気を悪くしたら、すみません」

「いいの、いいの。下向かないで、そんなに」

彼女のほうではまったく気にしておらず、安堵する。

「こだわりないからさー、わたし。……いいよね、あなたみたいに、趣味に真剣に向き合ってるひとって」

ほめられてる……んだよね?? これって……。

 

「CDもいっぱい棚に入ってるねえ」

「基本、音楽と本で構成されてる人間なので」

「うむ、うむ」

不可解なうなずきかたをしたかと思えば、

「音楽も……そうとう、いい趣味だ」

まだうなずき続けてる。

――そういや、この女性(ひと)、ピアノ弾けるんだった。

だとしたら――、

「『こだわりない』って、さっきおっしゃってましたけど、

 あるんじゃないですか、こだわり……音楽には。」

「――かなぁ??」

「よくご存知なんですよね? その棚に並んでるミュージシャンやアルバムのこと…」

「うん。よーーーっく知ってるよ。

 というか、ぶっちゃけ、

 この棚にあるアルバム、ぜんぶ聴いたことあるし、持ってる♫」

「…だったらなぜ、『こだわりがない』にこだわるんですか」

「んーっ」

 

人差し指を、くちびるに当て、彼女は、

 

アラサーだから?

 

× × ×

 

翌朝。

寝ぼけまなこをこするわたし。

 

やがて……ピアノの音が小さく聞こえてくることに、気づく。

 

だれが弾いているのかは、明白だ。

 

ポニテ姉さんが、わたしより先に起きて、ピアノの部屋を使わせてもらってるんだ。

 

『ピアノ弾いてもいいですか?』を、断るような両親じゃない。

快諾したんだろう。

 

 

パジャマ姿のまま、小一時間、ポニテ姉さんの演奏に耳を傾け続けた。

 

わたしとは違うタッチの弾きかた。

でも……こういう演奏スタイルも、悪くない。

 

もしかしたら、わたしも、もう少しオトナになったら……、

こういう弾きかたに、近づいていくのかもしれないな、って思った。