【愛の◯◯】ピアノだけ弾けるわけじゃないんだもん♫

 

アツマくんが、だらけた格好で、ソファに座っている。

 

「ちょっと、だらしないわよ」

「あぁ~~?」

なによそのリアクション。

「せっかくの休みを満喫したい気持ちはわかるけど、だらけすぎ」

「えぇ~~?」

「そういうところっ!!」

…もっとちゃんとして。

「朝からなんにもしてないのよね」

「だってバイトないし、ゆっくり休みたいし」

「だからって、なんにもしないのは良くないでしょ」

すると、彼は人差し指を振りながら、

「ちっちっち」

「……?」

「愛よ。おれはな――『なにもしない』ということを、『してる』んだ」

「――ヒドい理屈ね」

「かもな~~」

「呆れちゃうわ」

「…そういうおまえは?」

「朝から、バイトのドイツ語文献読みまくりよ。それ以外にも、外国語日本語問わず、いろんな文献を……」

「文献文献、ご苦労なこった」

 

カチン。

 

もう、我慢の限界で、

ソファに乗り上がり、

アツマくんにつかみかかり、

彼のからだを、ひたすらひたすら揺する。

 

「サボり魔!! グータラ!!」

「そ、そんなに、そんなに激しく揺さぶるなって」

「揺さぶらなきゃ気がすまないの!! どうしてわかんないの!?」

「わ、わかるわけない」

「じゃあもっと、わたしのこと理解して…」

揺すりの手を止め、

のしかかるように、彼の両肩を、押さえこむ。

「くっくるしーんですけど」

「あなたとわかりあえるまで……こうしてる」

「わかりあえるってなんじゃ」

「……なんなのかしらね?」

「オイ」

 

× × ×

 

「文献読みまくりで疲れてるの」

「で?」

「疲れてるから、お昼ごはん作る気になれない」

「こ、困る、昼飯抜きになる」

「疲れついでに提案」

「提案??」

あなたが作って

「おれが……おれとおまえの、昼飯を!?」

「わたしばっかりごはん作るのも、フェアじゃないでしょ」

「たまには……おれに料理を任せたい、と」

「そうよ。アツマくん、料理できないわけじゃないんだから」

「まあなぁ……」

 

彼に、笑いかけて、

「エプロン、持ってきてあげる」

「……なにを作ってほしい? なにが食べたい?」

「メニューはおまかせよ」

「だったら……」

彼は冴えない顔で、

「冷蔵庫の残りもので、チャーハン作る」

 

……がっくし。

 

「そ、そんなまともに失望すんなよ」

「…きょうのアツマくんはどこまで省エネなのよ」

「のっ、残りもののチャーハン、なんだけどさ。その代わり――すっげぇ美味いの、作るから!」

「期待して、いいの?」

「お、おぅ」

「じゃ、あんまり期待しないでおく」

「――意味わからんのですけど」

 

× × ×

 

「なかなか、やるわね」

 

ダイニングテーブルで、ふたり向かい合い。

食べ終えたあと。

 

「アツマくん――わたしの料理してるとこを、ずっと見てきてるんだもんね。料理スキルも、勝手に上がるよね」

「…どんくらい、美味かった?」

「んー」

 

…なんて言おっかな。

 

…そうだ。

 

「お礼に――ピアノで1曲、弾いてあげるレベルかな」

「……1曲、か」

「そう。もっと美味しかったら、5曲までリクエストを受け付けたんだけど」

「微妙だな」

「微妙じゃないよ」

「そっかぁ?」

「もし、美味しくなかったら、逆にアツマくんにピアノを弾いてもらうところだったんだよ」

眼を丸くして、

「バカ言うなよ、弾けるわけないだろ。楽器はぜんぶできねーぞ、おれ。おまえやあすかとは違うんだぞ」

「――そうやって、すぐに自分自身の可能性を狭めるのは、良くない」

「なにを言う」

「いくらでも、レッスンしてあげるわよ? ピアノ。いまから、日が暮れるまで、個人指導で」

「本気かいな」

「あなたが、その気なら」

「その気になるわけなかろう」

 

……はーっ。

 

「……はーっ」

「これ以上ないほど大げさなため息つきやがってっ」

「ほんとうに、このままなんの楽器もできずに生きていくの?? あなた」

「……お言葉ですけど、愛さん」

「え」

「愛さんだって、ピアノ以外の楽器ができるわけじゃあ、ないっすよね?? ギターとか、弾けないっしょ。ピアノだけで、威張られても……」

 

すかさず、わたしはニヤリと笑った。

 

「く、黒い笑いだな、おい」

「――さやかがさぁ」

「と、唐突だなっ、さやかさんがなんなんだ」

「さやか、バイオリン弾けるのは、アツマくんも、ご存知よね?」

「…ご存知だが」

「わたし、さやかにバイオリン習ったの」

「いつ!?」

「この前」

「漠然な…」

「3時間で、相当弾けるようになったわよ、バイオリン」

 

『わたしがバイオリンを習得した』という事実に直面したアツマくん。

まともに、うろたえて、

「…ギターは、ギターは、できないんだろ!? バイオリンは、できても」

苦し紛れ。

その苦し紛れを、しばらく味わっていたいから、

「フッフフーン♫」

と、鼻歌歌いで、牽制する。

「…答えてくれんのか。『できる』か『できない』か」

「――どっちに賭ける?」

「……」

「どっちに賭けるか、言ってちょーだいよぉ」

「…………『できる』」

アツマくんが好きでよかった♫

どっちなんだよ!!! だから