とうとう、あすかちゃんの推薦入試の日がやってきた。
土曜の、朝。
早起きして作ってあげたお弁当を、あすかちゃんに渡す。
「――準備万端、って感じだね。あすかちゃん」
「はい、万端ですよ」
「がんばってね、お邸(やしき)のみんなが、背中を押してるから」
「大げさですね~、おねーさんも」
「お、大げさじゃないよっ」
穏やかに、彼女は微笑み、
「――大丈夫ですよ。おねーさんっ」
そう言って、わたしの手を握って、
「美味しいホットケーキでも作って、待っていてくれたら、嬉しいなー、って」
「……そうなの」
余裕な彼女……素直に、安心すべきところなんだろう。
× × ×
「それじゃあ、行ってきます!!」
元気よく、あすかちゃんは出発していった。
ホットケーキミックス、余っていたかしら……と思いつつも、手を振って、見送った。
「やれやれだな」
わたしのそばに来て、アツマくんが言う。
「なにが、やれやれだな、なのよ」
「いや、いろいろと」
「なにそれ」
彼は眼を細めて、
「あすかの進路も――とうとう決まるのか」
「100%合格するって、信じてるのね」
「疑う理由があるか? あるわけない」
「うん」
そうだよね、アツマくん。
「わたしも、同じ気持ちだよ。あすかちゃんは、100%受かる」
「……だな」
× × ×
「さて。あすかが入試から帰ってくるまで、時間を持て余すわけだが……」
「なにをして過ごすか、ってこと?」
「そう」
「――それを、考える前に」
「なんだよ」
「あしたからの3日間の、予告」
「予告ぅ?」
「えーっと、アツマくんにお知らせしたとおり、あしたは、昼間に葉山先輩がお邸に来ます」
「……だったな」
「お誕生日なので」
「ああ」
「祝ってあげましょうね」
「そのつもりだが……葉山のやつ、去年同様、馬券買ってからこっちにやって来るんじゃねーのかな」
「ダメなの?」
「あいつの馬券講釈を長々聞かされると、ウンザリする」
「そんなこと言うものじゃないわよ。センパイは楽しいのよ、アツマくんに馬券のことであれこれ言うのが」
「スポーツ新聞を読んだら……日曜は、G1レースがあるようだが」
「なおさらセンパイの話を聞いてあげるべきよ。アツマくんは、センパイがどんな予想をするか、気にならないの?」
「……おまえは、気になるってか」
「センパイは、今年の日本ダービーで大勝ちしてるのよ」
「……それが?」
「彼女の予想は『神予想』なのよ。神予想が当たったら、わたしたちになにか『ごちそう』してくれるかもしれないじゃない」
「過度な期待は……」
「――えっと、次に、月曜と火曜」
「ぶった切りやがったな」
「ぶった切るわよ。――あしたからの3日間は、飛び石連休みたいなかたちでしょう?」
「そうだけど」
「さやかがね」
「さやかさんが?」
「月曜も休みになるって、伝えてきたから。ちょうどわたしも月曜はオールフリーだから。ふたりとも月・火と連休になるから――あさっての月曜日、さやかがお邸に泊まりに来るわ」
「初耳だぞ。1泊2日か?」
「1泊2日」
「あれ……デジャヴが」
「2年連続、この時期にお泊まりね、さやか」
「ふぅん……。なにして過ごすんだ、彼女と」
「遊ぶに決まってるでしょう」
「遊ぶって、具体的には」
「あなたが知る必要ある!?」
「はぁ!? うるせーよ」
「……じつはまだ、どんな遊びするかは、未定なんだけどね」
「……肩透かしな」
「アツマくん。あなた、ゲーム機に詳しいでしょ?」
「まあ……いろんなゲーム機が、ここには眠ってるからな」
「ゲームキューブって知ってる?」
「もちろん」
「ゲームキューブ出してあげてよ。さやかが喜ぶ」
「そういえば、彼女、微妙に古い年代の任天堂ハードで、よくお兄さんと遊んでたとか、そんなことを――」
「そうなのよ。だから、ゲームキューブ出してくるのが、月曜日のアツマくんの役目ね」
「役目、って」
「――ま、当日になったら、テレビゲーム以外の遊びをなにかしら思いつく可能性は十二分にあるけど」
「おいおいっ」
× × ×
勤労感謝の日までの予定を、アツマくんに伝えることができた。
――あすかちゃんの帰還まで、まだ、時間はたっぷり。
不意に、アツマくんが、
「愛、読書しないか」
「読書? どこで?」
「ダイニングテーブルとか、どうだ」
「いいわよ。それにしても、アツマくんがそんなに読書という行為に前向きだなんて――」
「悪いかよ」
「悪いとかじゃないわ。むしろ、頼もしい」
「おれを見直してくれたか?」
「本気で見直すかどうかは、あなたの読む本しだい」
「お、おいっ」
「ちゃんとした本を選んでよね」
「ちゃんとした、ってなんだよっ。ちゃんとした、って」
「ぜんぶわたしの基準」
「独善的な……」
「なにか、思い浮かばないの? 読むべき本を」
「……」
「ねぇ」
「……考えてんだよ」
「あら、そう」
30秒間の、シンキングタイムののち――。
「決めた!
「あら~~、ちゃんとしてるじゃないの~~」
「……おまえの基準は、無事クリアしたみたいだな」
「でもどうして、『ゴリオ爺さん』?」
「大学の友だちが、読んでたから」
「星崎さん?」
「違う。男友だちだ」
え……。
「なぜ絶句する? 絶句する必要もないだろ」
「だ……だって」
「煮え切らんなぁ」
「だって……だっての……だって」
「そんなに『だって』を連発する理由がわからんのだが」
「だって!」
「……だいじょーぶですかー、あいさーん」