本部キャンパスを歩いていたら、
「久保山(くぼやま)センパイ!! 久保山センパイじゃないですか!!」
久保山克平(くぼやま かつひら)センパイ。
『漫研ときどきソフトボールの会』のOB。わたしが入学した時幹事長だったひとだ。
それにしても、いつもながらカラダの横幅が広い。
でも、そんなコト思っちゃ失礼だし、わたしの印象は丁寧に胸の奥にしまっておく。
「やぁこんにちは、羽田さん」
「こんにちはー。わたし、現・幹事長として頑張ってます」
「新入生の女子が2人定着してくれそうなんだよね? きみや大井町さんは嬉しいよね」
「とってもうれしいです☆」
「ハハハ」
スケールの大きい久保山センパイは笑って、
「おれは大学院のコトとか諸々忙しくて、なかなか学生会館行けてないけど。ま、OBが出しゃばるのも変だよな」
センパイは出しゃばってなんていないと思うんだけど、それよりも、
「センパイは修士2年ですけど、来年以降は……」
「就職はせずに、院に残るよ」
「わあ、ステキ」
「す、ステキかな……」
久保山センパイが大学院に居続けるための条件があって、その条件を彼は話してくれた。
本ブログでは初めて明かされる事実だが、久保山センパイにはお姉さんが居る。
院に残るなら、お姉さんと同居すること。そして、仕事で忙しいお姉さんの代わりに家事を担当すること。
「でもセンパイ、お料理はできるんですか?」
「人並みにはできる。ただ、この前姉貴にカレーライスを作ってやったら、厳しめに批評されたが」
ほーっ。
「センパイ、センパイ」
「え、なに、羽田さん」
「わたしがお料理教えてあげましょーか」
「!?!?」
× × ×
久保山センパイのお姉さん、センパイの話を聴くに、わたしより全然ちゃんと「お姉さん」をしている人みたいだ。
わたしも長女で、利比古という弟がいる。
利比古はホントに可愛い。だけど、姉として時に不甲斐ない姿を見せてしまったりしている。
弟に対する愛情が強過ぎて、不甲斐なく空回りしたりするのだ。
きちんとしたお姉さんになりたい。
わたしは夕方にマンションに帰っていた。
別々に暮らしている弟ともっと連絡を取り合いたい。コミュニケーションを重ねたい。
リビングの丸テーブルの前に腰を下ろして、スマートフォンのLINEアプリを開く。
× × ×
「あなたが帰って来る前に利比古とLINEのやり取りをしてたの。通話もしたの」
我ながら完成度の高かった夕ご飯をアツマくんと食べてから、引き続きダイニングテーブルで向き合っている。
「どんなコトを話したんだ?」
わたしはブラックでホットなコーヒーをゆっくり堪能してから、利比古との会話の内容を話した。
「楽しかった。でも、あの子とはもっと『対話』を重ねないとね」
「『対話』?」
「姉弟としてもっともっと通じ合いたいの」
「欲張りだな」
「なにゆーのよっ、アツマくん。わたしはマジメに『お姉さん』としての務めを果たしたいのよ? 責任感が……」
「愛」
「わたしの話を遮らないで」
「いいや遮る」
「ちょ、ちょっとっ」
「おれからのアドバイス。チカラを入れ過ぎるな。余分なチカラを入れると空回りする」
「なにが言いたいワケ」
「おまえは利比古の前では自然な感じで良いんだよ」
「また、漠然と……」
「ナチュラルに接してあげたほうが、あいつも喜ぶよ。姉であるおまえのコトがいっそう、『可愛く見える』ようになる」
「もう少し分かりやすく」
「要するに」
「うん」
「『お姉ちゃんってホント可愛いな』と利比古が思ってくれるために頑張るんだ」
「そのための頑張り方が『ナチュラルに接する』ってコト?」
アツマくんが頷いた。
「でも、『可愛いお姉ちゃん』で良いのかしら? もっと尊敬されたいという想いも、わたしには……」
「可愛いから、尊敬したくなるんだよ」
「無理くりな理屈じゃない?」
軽く苦笑いの彼。
「たしかに、ロジックになってないかもしれんな。だが……」
彼がわたしの顔面を見つめ始めた。
彼の目線がわたしに浸透してくる。
浸透するから、胸がドキドキし始めてしまう。
彼が次に言うコトバが何となく分かって、ドキドキが跳ね上がりそう。
「おまえが可愛いのは、事実なんだし」
何も言うコトができない。
着実にわたしのカラダは熱を増している。顔の温度だけじゃない。頭のてっぺんからつま先まで火照ってくる。
わたしは椅子から立ち上がってしまう。
不甲斐なさに満ちたわたしはアツマくんから顔を逸らしてしまう。
恥ずかしいゆえに。
「どーしたよ」
優しく問いかける彼。
曖昧に首を横に振るだけのわたし。
「そんなリアクションじゃおまえの気持ちが分からん」
アツマくんも席を立った。
近付いてくる。
わたしは彼にカラダを向けるけど、床に目線を落としてしまう。
彼は優しさを込めた声で、
「こらこら。もっと顔の角度を上げるべきじゃないか?」
彼に素直になって、緩やかに彼を見上げていく。
見上げながら、思わず、
「わたしたちって、身長差、あるよね」
と言っちゃう。
160.5センチのわたし。確か15歳の誕生日の時から変わっていない。
彼はわたしより17センチぐらい高い。高校生の時から長身だった。
「あのね。出会った時から、わたし、アツマくんをこうやって見上げてて……最初から、わたしは見上げて、あなたは見下ろす関係だったのよね」
「そーだな」
見下ろす彼は、
「こうやっておまえを見下ろしてると、マジで可愛い女の子だなって思う」
「は、は、恥ずかしいセリフ、出さないでっ」
説明するまでもなく、わたしの顔面は真っ赤に……!
自分で自分の顔の赤さは分からない。だけどこんな場合は、顔が真っ赤ではないワケが無い……!
「混乱させないでっ、わたしを混沌(カオス)な状態にしないでっ、アツマくん」
「言語が乱れたな。おまえらしい慌てぶりだ」
一歩前に進んでくる彼。
彼はそっとわたしの両肩に手を置いて、
「たぶん、出会った時から、おまえのコトを『可愛い』と認識していたんだ。当初はその認識が浮かび上がらなかっただけで」
メチャクチャでハチャメチャなコト、言わないでよ……。
あなたの胸にカラダをくっつけたい気持ちが、わたしには浮かび上がりまくってるけど……!