利比古くんの卒業を祝いに、お邸(やしき)を訪ねた。
だけど……。
× × ×
なんだか利比古くん、ずっと浮かない顔。
いつも以上に、わたしのお喋りに対する相づちがワンパターンで……。
「……調子でも悪いの?」
訊いてみる。
「コーヒーにもぜんぜん手を付けてないし」
わたしが持ってきた豆を挽(ひ)いて作ったコーヒーなんだけどな。
喫茶店の娘なんだよ、わたし。コーヒー豆の目利きには自信があるの。
利比古くんに是非とも味わってほしくて選んだコーヒー豆なんだけど。
なのに……。
「すみません」
弱った声で利比古くんが言った。
うつむいて、わたしの顔を見てくれない。
どうすればいいのか、わからなくなってきちゃう。
とりあえず、
「体調、イマイチみたいだね」
と言う。
「季節の変わり目ってことも影響してるんだ、きっと」
とも言ってあげるのだが、
「違うんです」
えっ。
「イマイチなのは体調じゃないんです」
「せ、精神面!?」
裏返ってしまうわたしの声。
とっても心配になってくる。
彼がなんにも答えてくれないから、不安の度合いが急激に高まっていく。
固く閉ざされてしまった口。
3分間。
5分間。
10分間。
沈黙は続く。
気まずい。
わたしもコトバが出て来ない。
どうやって彼を気づかえばいいのか。
それがわかんない。
わかんないことだらけで、追い込まれていくような感覚に襲われる。
――彼が突然立ち上がった。
そして、2階への階段のほうに顔を向けた。
そしてそして、
「本当にすみません、川又さん。
頭、冷やしてきます」
× × ×
それから30分経過した。
利比古くんは戻ってこない。
たぶん……部屋に籠(こ)もるつもりなんだと思う。
冷え切ったコーヒーが無残に取り残されている。
彼にコーヒーを飲んでもらえなかったショックも大きい、けど。
それ以上に。
彼の精神状態が……心配で仕方がない。
わたし、利比古くんに、なにかマズいことでも、しちゃった??
心当たり、ない。
ないよ。
どうしよう。
彼の事情を訊きたいけど。
事情を訊く資格、わたしにはあると思うし。
なぜなら、わたしは、彼の、利比古くんの……。
あれっ!?
考えてみれば。
わたし、利比古くんの、なんなんだろう。
「恋人」だとか、「彼女」だとか。
なぜか、そういう自覚なしに、デートしたり、つきっきりで勉強を教えたりして……。
い、いや、自覚はある。意識は、する。やっぱり。
だけど、自覚をうまく自覚できず、意識をうまく意識できずに、ここまで来てしまったんじゃないだろうか。
それに、『わたし利比古くんとつきあってるんです』みたいなこと、他の人に表明したことがなかった。
それもなんだか不思議だし、不自然だ。
そういう不自然な状態になっちゃってるのも、わたしのせいなのかな。
きっとそうなんだ。わたしのせいなんだ。
――羽田センパイが姿を現した。
「あれれ、利比古、どこに行っちゃったの?」
「部屋に引っ込んでしまいました」
「自分の部屋に?? どーして」
「ちょっと、ギクシャク、しちゃって……。わたしの責任なんですけど」
「珍しいわね」
利比古くんが座っていたソファに座るセンパイ。
同性のわたしがドキッとするぐらい綺麗な顔で微笑んできつつ、
「あなたと利比古のカップルが、ギクシャクしちゃうなんて」
カップル……か。
「責任を感じすぎる必要もないのよ、川又さん」
「……いいえ、感じます」
感じる。
感じるからこそ。
「センパイ。
ハッキリさせなきゃ、というか。キッパリとしておかなきゃ、というか。ケジメというか、なんというか――」
センパイの眼を、ちゃんと見て、
「わたし、利比古くんに、『好き』って、言いたい」
と告げる。
苦笑いでセンパイは、
「今まで、言ってなかったの?」
「言ってませんでした。自分でも信じられないですけど」
「どういう進展具合いの遅さなのよ」
「呆れますよね、センパイだって」
そう言うのだが、センパイは、利比古くんが飲んでくれなかった失敗コーヒーに視線を落として、
「――思えば、わたしも、そういうとこ、曖昧だったかも」
「えっ? そういうとこ……? 曖昧……?」
「アツマくんに、きちんと『好き』って言えたの、案外遅かったのよ」
「……」
「気持ちを伝えるのって、だれにとっても、難しいのよね」
「『好き』って言う前に……抱きついてた、とか?」
「そうよ。そんな感じ。さすが川又さんね。わたしのこと、よく把握してる」
「わたしの眼の前でアツマさんをハグしてたこともありますもんね、センパイは」
「……よく憶えてるわね?」
「センパイは高等部2年で、12月だった」
「……どこまで記憶が鮮明なのよ」