開店前のホールに忍び込んで、テーブルに座る。
朝の陽射しが心地よい。
心地よい陽射しを浴びながらテーブルに両手で頬杖をついていると、思わず笑いがこみ上げて来てしまう。
嬉しい気持ち。
それは――おとといの夜の夏祭りの記憶とともに。
× × ×
利比古くんとふたり並んで歩いた。
「利比古くん。」
「はい?」
「素敵だね。」
「え、えっ?? …なにがですか」
「浴衣。」
「浴衣って……。ぼくの??」
「もーっ、あなたの浴衣以外ありえないでしょ」
「……」
先制パンチが効きすぎたのか、利比古くんは沈黙。
ハンサムだけど、ちょっとカワイイ。
「羽田センパイは、今ごろお邸(やしき)で――」
「アツマさんとふたりっきり空間であるかと」
ま、仕方ないか。
「仕方ないかな。お祭り来ても、くたびれちゃうもんね」
「ですね。本調子とは言えませんし。……姉のそばにアツマさんが居てくれて、大助かりです」
そっかあ。
アツマさん…か。
「…利比古くんも、アツマさん、好き??」
「えっ、どうしてそんな質問を」
「どーなの、好きなの??」
「……。好きですよ。好きですし、尊敬してます」
「そっかそっか」
わたしはわざと空を仰いで、
「わたしは――キライかな」
と言う。
「か、川又さんっ、そんなあ」
慌てる彼に対し、すぐさま、
「無関心よりはいいでしょ?」
と切り返し。
「川又さんって……アツマさんには、徹底的に苦手意識を押し通してますよね。どうしてなんですか」
「だって――」
「――だって?」
「いつもイジワルなんだもん、あの男性(ひと)」
…口ごもりの利比古くん。
「羽田センパイへのケアも、もっとちゃんとしてほしいって思ってるし」
「…川又さん。アツマさんは、川又さんが思ってる以上に、ちゃんと――」
遮って、
「――グズグズしてると、すぐ花火の時間になっちゃうよ、利比古くん」
と、言ってみる。
それから、小走りに、彼の5メートルぐらい先に行って、そこから彼の顔に振り向き、視線を送る。
彼には聞こえない音量で、「ねっ?」と呟きつつ。
× × ×
陽はもう落ちていた。
食べたり遊んだりで楽しかったけど、クライマックスは――これから。
「ここで待機してよーよ、花火」
木彫りの椅子に腰を下ろすわたし。
もうひとつの木彫りの椅子がうまい具合に空いていて、利比古くんがそこに腰を下ろす。
つまり隣同士でお座り。
「まだ少し時間あるかもしれませんよ、川又さん」
だったら。
「だったら、『進路』の話しよっか?」
「しんろ?」
「進む路(みち)」
「……もしかして、ぼくの受験絡みの」
「そ」
だって。
「だって、2学期に入ったら、あっという間に大学受験来ちゃうよ?」
「そういうものですか」
「去年の経験者は語る。」
「ハハ……」
「苦笑いしないのっ」
「エッ」
「ごめんたしなめちゃった。
……だけど、利比古くん紛れもなく高校3年なんだし、実は夏休みに入る前から、あなたの受験のことは気にしてたの」
彼の顔に視線を寄せ、
「決めてる? 志望校とか」
と問う。
「9月に入ったら……固めるつもりですが」
もうっ…。
「…それ、いちばん信用できない発言だよ」
「い、いえ、ぼくは本当に、もうじき……」
「お姉さんは心配だなー」
「かっ川又さん!?」
「お姉さんは心配だよ。あなたの本当のお姉さんは、もっと心配してると思うけど」
人の群がりが拡がってきた。
「――ねえ。言って。
『言って』っていうのは……受験のことで心細いことがあったりしたら、いつでもわたしに言ってきて、ってこと。」
「頼ってほしい……と??」
コクリとうなずくわたし。
群衆のざわめき。
そのなかで――。
「紛れもなく、大学受験に関しては、わたしのほうが、『お姉さん』なんだから!」
「川又さん――」
「あなたわたしの名字呼びまくってるね、今晩」
「す、す、すみません」
「いいけど」
――さて。
「立とうか。――打ち上げ花火、見えづらくなるし」
そう言ってわたしは腰を上げた。
つられるように、彼も。
ひゅーっ、という音。
花火がパァッ、と弾ける。
さりげなく。
さりげなく、さりげなく。
利比古くんの左手に、じぶんの右手を回す。
いつもよりほんのちょっと「増し」の勇気で、利比古くんの肩に、からだを寄せていく。
利比古くんの髪の匂いが――鼻孔をくすぐる。
× × ×
2日経っても忘れきれない、くすぐったさ。
『ムフフ』と声が出そうなくらいニヤけちゃう。
我ながら、キモいな――と思いながら、朝の光に溢れたカーテンのほうを見やる。
足音。
不都合な……足音が、してきた。
やがて、現在(いま)のわたしにとって最大級に不都合な存在たる、わたしの父親が……ドカドカとホールに姿を現してくる……。
あのねえ。
「おとーさんのバカッ」
「なんだよほのか。挨拶の代わりに罵倒とは」
「早く起きすぎ」
「そんなこと無かろう」
「ジャマ」
「オイオイ、この店は、おれの店なんだぜ??」
「そんなことわかってる。
その上で、おとーさんは、水差し野郎」
「…どこでそんなことば覚えたのかな、娘よ」