【愛の◯◯】土曜の夜の押し引き

 

シュガー・ベイブの『SONGS』の再生が終わった。

部屋が静かになる。

土曜日の夕方。

ベッドにごろ~んなわたし。

 

きょうも、これといってなにもできなかったな。

活動的な本来のわたしには、まだまだ。

 

「非本来的なわたし、か……。いまのわたし」

 

本来性とか非本来性とか持ち出すと、ハイデガーの『存在と時間』っぽくなってきちゃうな。

ハイデガーが理解できてるわけもないんだけど。

 

ちなみに、わたしの本棚には『存在と時間』の邦訳が複数並んでいる。

哲学専攻だもの。

 

「……もっとも、調子を崩してから、哲学書なんか1冊も読んでないんだけどね」

 

窓に向かい、ひとりごと。

はあ。

 

 

…クヨクヨしていたってしょうがないし。

それに。

きょうの土曜日は…これからが「お楽しみ」なんだし。

 

 

部屋を出て、階段を下りれば――「彼」が待っている。

 

 

× × ×

 

いい匂いに誘(いざな)われて、ダイニング・キッチンへと。

 

「おー、来たな、愛」

 

……来たわよ。アツマくん。

 

「ちょっと待ってろよ。もう少しで盛り付けも終わる」

「美味しそうな匂い、するじゃないの」

「おまえの舌に合うかどうか」

「合うわよ、ぜったい。わかるのよ、わたしには」

「匂いで?」

「匂いで」

「…調子がいいときのおまえみたいに、すんげえ美味くは作れないけど」

「なにを言ってるの? 自信を持ちなさいよ、自信を」

「……」

「お料理偏差値だけで言ったら、アツマくんはとっくに早稲田慶応レベルよ?」

「……なんじゃいな、そのたとえは」

「じぶんのお料理偏差値を信じなさいよ」

「なぜ偏差値にこだわるか」

わたしはそれには答えず、

「――盛り付けは、それで終わり?」

と、テーブルを眺める。

 

× × ×

 

「じゃあ、食うか」

アツマくんが言う。

ダイニングテーブルにふたり、向かい合い。

ふたりだけの食卓。

 

明日美子さん、空気を読んで寝てくれてるんだな…と思いつつ、アツマくんが作ってくれたごちそうを眼の前に、両手を合わせる。

 

「…いただきます。」

 

「な、なんだ、やけに丁寧な」

 

「いつもよりこころを込めて『いただきます』を言ったの」

「なぜに!?」

「……」

「愛……?」

「……そんなこともわかんないの?? アツマくん」

 

わたしはニッコリしながらアツマくんを罵倒。

罵倒して、それから、美味しそうな彼のお料理を――口に運んでいく。

 

× × ×

 

シーンとしたリビング。

音量小さめのテレビだけがBGM。

 

ソファに隣同士のわたしと彼。

完全にゼロ距離で、隣り合い。

 

「…鳥肌立っちゃった」

いきなり揺さぶっていく、わたし。

「は!? 鳥肌って、なにに」

「決まってるでしょ。あなたが作ってくれたチンジャオロースのお味に、よ」

「なにかヘンなものでも……混ざってたか??」

「バカね」

「なっ」

「鳥肌立つぐらい美味しかったって、わたしは言ってるの!」

「……そんなばかな」

 

ヒドい。

わたしのホメ言葉に、鈍感すぎっ。

 

アツマくんの背中に、両手を回す。

強制的にわたしのほうに振り向かせる。

 

『……』

 

必然的な見つめ合い。

 

彼にまっすぐ向かい、

「テレビじゃなくてわたしを見て。見続けて」

と命令。

「わたしの視聴者になりなさいよ……」

とも言う。

 

若干恥じらい顔の彼を、

「眼を泳がせるんじゃないわよ」

と叱る。

 

2択問題だ。

 

押すか、引くか。

押し倒すか、引き寄せるか……!

 

 

……押していくことにした。

 

彼にのしかかる。

彼の背中がソファにまともに引っ付く。

わたしは彼の上半身を押さえ込み続ける。

右肩の近くに、顔を押し付ける。

それから、じぶんのオデコを、スリスリとすり付けていく。

…それだけじゃ到底満足できなくって、胸の中心に顔をギューッと埋めていく。

その感触を十二分に味わったあとで、シャツの首元からのぞく彼の肌に右のほっぺたを密着させて、それと同時に抱きつく腕のちからを強くして、それからそれから……。

 

 

× × ×

 

参った、という表情で、ソファにもたれかかっているアツマくん。

 

「感想……言ってほしいか」

 

おっ。

 

「なんの感想??」

「……満面の笑みで訊きやがって。

 とぼけなくてもわかってるだろ、おまえなら」

「あはは」

 

「……。

 アホみたいに、激しかった。

 不調だなんて、とても思えんかった。

 以上」

 

「あははは~っ」

「わざとらしい笑いかたは自重だぞ、コラ」

「ごめんごめん」

「……」

「たしかに、わたしは不調なんだけど」

「……」

「例外的に、元気なところがあるみたいで」

「どこだよ、元気なところって」

「フィーリング的な」

「はああっ?」

「体感的な、というか。肉感的な、というか」

「…意味わからん」

「うん。わたしもわかんない」

 

呆れるアツマくん。

まあしょうがない。

 

「……花火セット」

ボソリ、とつぶやくアツマくん。

「花火セットが、どーかしたの?」

「買っておいたんだよ。事前に。

 夏祭りの打ち上げ花火は、ここからじゃ音しか聞こえんけど。

 でも……花火セットあれば、おれとおまえで、花火が……できるだろ」

 

「んーーーっ」

 

「な…なんなんだよっ、微妙な顔して…!」

 

「花火……するわけ??」

 

「お、おれは、そのつもりで、」

 

「花火よりもあなたがいいわ」

 

「!?!?」

 

「――って言ったら、どうする?」

 

 

ニッコリニコニコと……、

わたしは、彼を、揺さぶり、翻弄。

 

……お祭りみたい。ある意味。