グッタリした気分でベッドから起きた。
悪夢は見なかった。
アツマさんが遠ざかっていくような残酷な内容の夢は見なかった。
ベッドに座る。
現実がやって来る。
その現実は、
『アツマさんのパートナーの羽田愛さんは、アツマさんと最高に釣り合っていた』
という事実。
昨夜は敗北感以外の感情が無かった。
敗北感を押し潰すようにベッドに突っ伏していた。でも無理だった。
一夜明けた今、ベッドに座っているけれど、天井から来る圧(あつ)を被(かぶ)っているような気分だ。
敗北感の次に、挫折感。
頭痛がするのは、挫折感がのしかかってきてるから?
頭痛はするけど、空腹。
昨日晩ごはんを食べなかったから。
つらい感情でいっぱいなのに、お腹がすく。
自分のコトが分からない。
カラダのコトもココロのコトも分からない。
カーペットに視線を落とし、私は私自身に困惑する。
× × ×
鷲田清一の『じぶん・この不思議な存在』という新書を読みながら電車に乗る。
難しいコトが書かれているワケでも無いのに、ページがなかなか進まない。
× × ×
授業が入っていない土曜日。
学生会館に直行し、『MINT JAMS』のサークル室に直行する。
入室したときになって初めて、自分が鷲田清一の新書を鷲づかみしながら歩いていたコトに気が付いた。
例によってムラサキさんが居る。
「おはよう、小百合さん」
「おはようございます。本は大事に取り扱わないといけませんよね」
「……えっ?」
「いくら自分の所有物だからといって」
戸惑うムラサキさんを尻目に、部屋の奥のほうのソファに向かって歩く。
ソファに身を沈め、天井の丸いLED照明をボンヤリと見る。
「小百合さん。元気……かな?」
「元気じゃないです。混乱しています」
「こ、混乱って」
「私、まだ18歳の『子猫ちゃん』で」
「『子猫ちゃん』!?」
「ムラサキさんって当然20代ですよね。お酒が飲める年齢なんですよね」
「う、うん、そうだけど」
「だったら、ムラサキさんはとっくに『子猫ちゃん』なんか卒業してる」
「だっ大丈夫なの小百合さん」
「『元気じゃない』って言ったじゃないですか。大丈夫なワケが無い。回復を待ってる段階です」
「何が原因で……」
「言・い・た・く・な・い・で・す」
「!?」
たじろぐムラサキさん。
私はこれから1時間以上ソファに身を委ね続けるだろう。
このソファ……回復魔法がかかってたりしないかしら?
ドラゴンクエストの『ホイミ』や、ファイナルファンタジーの『ケアル』みたいな……。