【愛の◯◯】その『存在』を明かされて

 

ハァーイ。

私、川口小百合(かわぐち さゆり)。

大学1年生。まだ18歳。

大学でのお勉強にも徐々に慣れつつある。

さらにはサークル活動も始めて、順風満帆。

 

日曜日だけどキャンパスに出向く。

学生会館の中に入っていく。

私が入会したサークルは音楽鑑賞サークルの『MINT JAMS』。

サークルのお部屋の入り口近くには依然として新入生歓迎のしょぼいポスターが貼ってある。

こんなしょぼいポスターでは上手に新入生を招くことはできないと思う。

稚拙な新歓活動。

それでも私はこのサークルに入った。

理由は複数ある。

複数ある理由の中身は追い追い明らかになるはず。

 

入会理由は敢えて伏せておいて、お部屋の中に入っていく。

ムラサキさんが居る。

事実上幹事長ポジションの4年生男子だ。

167センチの私より背が低く、声変わり前の子どものように声が高い。

そんな可愛らしいムラサキさんが立ったままノートPCとにらめっこしている。

ノートPCからは日本語楽曲。

「やあ川口さん。日曜なのにスゴいね」

私ではなくPCに眼を凝らしてムラサキさんは挨拶……。

「『日曜なのにスゴいね』ってなんですか。意味分かりません」

新入生たる私の辛辣なコトバに彼は苦笑するだけ。

「あと、『川口さん』呼びより『小百合さん』呼びのほうが良いんですけど」

「そーなの? じゃ、『小百合さん』って呼ぶね」

「よろしくお願いします」

気になるのは、

「ムラサキさんは一体なにをしてるんですか?」

「1994年の日本のヒット曲を聴いてるんだ」

94年って30年前でしょ。

私もムラサキさんも産まれてるワケ無い。

「94年オリコン年間チャートの1位から順番に聴いてる最中」

うわぁ……。

「ムラサキさんってかなりのオタクだったんですね」

「よく言われる」

「ココロに留めておいたほうが良いと思いますよ、『オタクに寛容な人は案外少ない』ってコト」

「辛口だね小百合さん。このサークルの女子の伝統なのかな」

なんでしょーか、それは。

 

× × ×

 

ようやく椅子に腰掛けたムラサキさんが、

「今日はアツマさんが来てくれるよ」

「え!! ほんとうですか!?」

嬉しくて思わずパイプ椅子から腰を浮かせてしまう私がいた。

「そ、そんなに嬉しいの」

ムラサキさんには答えてあげずに、パイプ椅子に座り直してスカートを整える。

「アツマさんはいつ来られるんですか」

「約30分後。でも、ひょっとしたら遅れるかもしれない」

「遅れるかもしれないのは、なぜ?」

不可解にもムラサキさんは咳払いし、それから、

「アツマさんって『ふたり暮らし』なんだよ。ふたり暮らしのパートナーと部屋のお掃除していて、長引くかもしれないんだって」

えぇっ。

ふたり暮らし。パートナー。

それはすなわち。

「……恋人がいるんですね」

若干ニヤつき気味にムラサキさんが頷いた。

なんですかその顔。

 

× × ×

 

愛さん。羽田愛さん。

ムラサキさんと同い年。

つまりは今年22歳になる女性(ひと)。

私よりも3つ上のお姉さん。

 

私の胸の鼓動がジワジワと速くなっていた。

不安めいたモノが胸の奥に芽生えているのも否定できない。

ムラサキさんの語りをどこまで信用して良いのかわからないけど、ものすっごくスペックの高い女性(ヒト)だというコトだ。

私の母校でもある高校で伝説を残したアツマさん。

レジェンドに釣り合う存在なのならば……。

 

まだ見ぬ『彼女』に向かう意識が過剰になっていく。

その過剰な意識を抑え込み切れなくなってきた時、私の背後で『ガチャリ』と音がした。

アツマさんが来たのだ。

過剰に伸びる私の背筋。

 

× × ×

 

「愛のヤツが完璧主義でさー。『ホコリが取れてない!!』って、本棚の掃除やり直しさせられて」

「愛さん、本棚にはこだわりますよね。読書家なんだし」

「本棚が整ってないとギャーギャーうるさいんだよ。『おまえ怪獣かよ、ゴジラかよ』って感じ」

「すごい喩えですね」

「あんなに容姿端麗なオンナに『ゴジラ』は似合わないかもしれんがな」

 

アツマさんとムラサキさんがやり取りしている。

アツマさんが愛さんのコトを「容姿端麗」と形容した。

美人なんだ。

心臓をチクリ、と針で刺される。

 

「ん? 小百合さんずーっと下向いてないか? もしや気分でも悪いんじゃ」

 

アツマさんの声だった。

カッコ良くて張りのある声。

カッコ良くて張りのある声で調子を心配されてしまった。

調子を心配されてしまったから一気に恥ずかしくなってしまう。

 

「学生会館って保健室みたいなトコあったっけ」

 

や、やばいやばい。

アツマさんに心配されまくってる。

事態があらぬ方向に展開してしまうのをなんとしてでも避けたい。

だから私は慌てて立ち上がる。

アツマさんの顔を見ることができないまま、

「ほ、保健室とか、きゅ、救護室とか、そんなトコ行く必要も無いです。……まにあってます」

「『まにあってます』?? 一体なにが間に合ってるの」

ムラサキさんは黙っててください。

「たはは。ムラサキおまえ、睨みつけられてるんじゃねーか」

アツマさんが笑う。

その笑い顔をちょっとだけ見てから視線を外す私に、

「元気な子が入会してくれて、良かったな」

というアツマさんの明るい声が食い込んで、体温が上昇するのを避けるコトができなくなって、できなくなって……!!