ハァイ。
私の名前は川口小百合(かわぐち さゆり)。
7月産まれ。
身長167センチで、自分で言うのもアレなんだけど、高身長女子。
髪型は黒髪ロング。
この春から大学生。
高校時代は生徒会長をやったりしていた。
大学には生徒会長的なポジションが無いみたいで残念。
学生会館に来ている私。
どこかのサークルに所属したい。
サークルで新しいコトを始めて、高校時代同様に自分を輝かせたい。
そんな気持ちで1階フロアを歩いている。
新歓シーズンなのだから当然、新入生歓迎仕様のポスターが貼られていたり、同じく新歓仕様の立て看板が置かれていたりする。
あるサークルのお部屋の前で私は立ち止まった。
『MINT JAMS』
そんな名前のサークルらしい。
ハッカのジャムって意味よね。
ポスターでは『音楽鑑賞サークル』を標榜。
ハッカのジャムと音楽がどう結びつくのかしら……。
不思議な気持ちになって、気付けばそのサークルのドアをノックしていた。
× × ×
幹事長みたいな概念は無いが、笹田(ささだ)ムラサキさんという4年生男子がサークルの要になっているらしい。
ムラサキさんは『MINT JAMS』というサークル名の由来を教えてくれた。
大学4年生なのに、彼はボーイソプラノだった。
しかも、私より身長が低い。
サークルの趣旨を説明したかと思えば、巨大なCD棚を私に見せつつ、
「この棚のCDは自由に聴いていいよ」
と言って、
「最近ぼくはこのアルバムにハマってるんだよ」
と、洋楽のアルバムCDを抜き出す。
それから、そのアルバムの楽曲について語り始めたのだが、分からないコトバが多くて、正直ついていけない。
音楽を聴かないワケでは無い。
生徒会のメンバーやクラスメイトよりも音楽に少しだけ詳しかった、という自己認識もある。
だけど、私……オタクじゃないのよね。
「アッ、ゴメンゴメン」
ムラサキさんが照れ笑いかつ苦笑いになって、
「語り過ぎた。他のサークル会員が居なかったから、ついつい。いつもは他会員に『制御』されるんだけどね」
厄介な面もあるけど、面白いヒトなのかもしれない。
そういう印象になる。
「川口さん」
「はい」
「きみは好きなミュージシャン居るの」
「いえ、音楽はそれなりに好きですけど、ミーハーなので……。サブスクリプションでシャッフル再生で聴くことがほとんどなので、深く知っているミュージシャンは居ないんです」
「広く浅く?」
「はい。もっとも、そんなに視野は広くありませんが」
彼はニッコリと、
「このサークルに入れば、じきに『広く深く』なるよ」
× × ×
ムラサキさんに手渡された休刊した某・音楽雑誌をペラペラめくりながら、私は迷っていた。
面白い趣旨のサークルだと思うし、ムラサキさんも不思議に面白い。
だけど、決め手に欠ける部分があるのも事実。
『あとひと押し』みたいなのが無いと、入会する意思を固められない。
迷っていた私の耳にノックの音が響いた。
だれかがこの部屋に入ってくる。
他の会員さん?
『たぶん他の会員さんが来たんだろう』
そう思い込んでいた。
でも違った。
入室して来たのは、学生ではなく……。
× × ×
ファッションモデルみたいな見た目の女性が、ムラサキさんが座る椅子のそばに立って、ムラサキさんとコトバを交わしている。
永井蜜柑(ながい みかん)さんという女性(ひと)らしい。
たぶん身長168センチぐらい。私と背丈はほぼ変わらないはず。
でも、私よりも物腰が優雅だという印象を受ける。
上流階級的な……。
不躾(ぶしつけ)かもしれないけど、訊いてみた。
「あのっ。蜜柑さんは普段なにをされているんですか?」
優雅に微笑む蜜柑さんの口から、
「メイドです」
という答えが来る。
メイド。
メイドっていうと。
つまりは、お邸(やしき)に仕(つか)えるメイドさん。
「川口さん。蜜柑さんはね――」
ムラサキさんの説明によれば、某大手自動車メーカー経営者の自宅に住み込みで、メイドさんのお仕事に従事しているという。
そしてムラサキさんは、同い年の社長令嬢の「アカ子さん」なるヒトと繋がりがあるらしく、その経営者ファミリーのお宅にしばしば出入りしているとか。
「だから、ムラサキさんと蜜柑さんも、お知り合いなんですね」
私がそう言った途端に、不可解にも、ムラサキさんが照れくさそうに俯(うつむ)いた。
え。
マズいことを指摘しちゃったワケじゃ無いわよね。
「そうですよ」
声を発したのは蜜柑さん。
「わたしムラサキくんとはとっても仲良しなんです」
んん……??
「ムラサキくーん?」
俯き通しのムラサキさんに呼び掛ける蜜柑さん。
呼び掛けてから、
「せっかくわたし学生会館まで来たんだから……いい機会だし、照れるあなたに、もっともっと仲良しな態度を取ってあげようかしら」
……『仲良しな態度を取る』って、いったいなに。