コンサートホールから出てきた。
「やっぱり生演奏は違いますね。最高でした」
「すごかったですね……。ジャズが、こんなにも熱い音楽だったなんて」
「ぼく、また行ってみたいです、こういうコンサートに」
「そうとう気に入ったんですね、ムラサキくん」
「ハイ」
…そうだ。
「アカ子さんが――また、チケットをくれたらいいんだけどなあ。コンサートとか劇とかのチケットを、定期的にもらってきたりするんじゃないですか? 彼女」
「――よくわかりましたね、ムラサキくん。そのとおりです。どうして、そんなにお見通しなんですか」
「だって、彼女は『お嬢さま』なんだし」
「……そうですね。なんだかんだで、彼女も社長令嬢」
「どこからともなく招待のチケットがやって来る、って感じなんでしょう」
「しがないメイドであるわたしは、そういうお嬢さまを、横目で見てるだけですけど」
「おねだりしないんですか? もっと」
「えっ」
「おねだりしたらいいじゃないですか。もったいないですよ」
「おねだりとか……子どもじみてますし……」
「べつにいいでしょう。そんな些細なこと、気にしなくたって」
戸惑い加減の蜜柑さんに、
「また、こうやって、蜜柑さんとコンサートに行けたら、楽しいですよね」
と、思い切って、言う。
蜜柑さんは戸惑いを増して、
「ふ、ふ、ふたりで……ってこと、でしょうか!?」
ぼくはこう答える。
「ふたりだけ、だったら――3人以上よりも、楽しさレベル、上がると思いますか? どうですか? 蜜柑さん」
「――」
答えに窮する蜜柑さん。
「…すみません。行儀の悪い質問、してしまって」
コンサートの直後で、のぼせていたし、
コンサートの興奮が、恥じらいを消していた。
だから、お行儀の悪い質問を投げかけることにも、ためらいはなく。
× × ×
きょうの蜜柑さんは当然メイド服ではない。
ファッションモデルがカタログから出てきたみたいだ。
街の通りを歩きながら、
「夜ごはん代も、アカ子さんからもらってるんですよね」
「……はい。お嬢さま、満面の笑みで、わたしに紙幣を差し出してきて」
「まっすぐに、食事に行きますか?」
コンサートの熱気がなおも残っていたぼくは、
「蜜柑さん……ワガママなんですけど、寄ってみたいところがあって」
と、ワガママにも言ってみる。
「食事の前に、本屋さんに寄ってみても、いいでしょうか?」
「書店……ですか」
前を向いて歩きながら、ぼくは、
「蜜柑さんが腹ペコだったら、そっちのほうを優先させますけど」
と余計なひとことを。
さすがに失言しちゃったかな…と言ってから反省していると、
「…いいですよ。行きましょう、書店に」
と彼女が言ってくれる。
「ムラサキくんのクールダウンも兼ねて…」
というひとことの、おまけ付きで。
× × ×
入店。
「ぼく、児童書と音楽雑誌が――」
「――ムラサキくんの興味は、後回しで」
「エッなんで」
「主な理由は、ムラサキくんを落ち着かせたいから」
「……」
「わたしについてきてください」
× × ×
「どうですか? 新潮文庫のカラフルな背表紙を眺めていたら、落ち着いてきませんか?」
「……特には」
「あちゃあ」
「……」
「どうすればいいのかしら」
「……」
「クールダウンが完了しないと、夜ごはん、お預けになっちゃうじゃないの」
「蜜柑さん……なぜ、タメ口に」
答えてくれない。
答えてくれずに、新潮文庫の海外作家の棚から、『グレート・ギャツビー』という本を取り出す。
「これが、わたしの愛読書。」
「へ、へぇー」
「読んで。」
「え、ええっ!?!?」
「お金は払ってあげるから……読んで。とにかく」