【愛の◯◯】夜景を見ながら弄(もてあそ)ばれて

 

日曜日なんだけど、学生会館に行って、『MINT JAMS』のサークル室に入った。

しかし、卒業間際の上級生の八木八重子(やぎ やえこ)さんがやって来て、

「日曜の朝から張り切って学館(がっかん)に来るなんて、サークル依存度がまた上昇しちゃったみたいだねえ」

と、さっそくぼくを攻撃してくる……。

「八木さんだってサークルに『日曜出勤』じゃないですか!」

反撃するが、

「わたしは『いつも』じゃない。ムラサキくんは『いつも』だけど」

「先週の日曜は来てないですから」

「あやしいなあ」

「疑わないでくださいっ」

ぼくをジーッと見てくる八木さんは、

「アリバイ崩しがしてみたい」

と……いつの間にか、探偵ごっこを。

 

隣のサークル『虹北学園』の幹部なはずの紅月茶々乃(こうづき ささの)さんも、ぼくたちのサークル室に入ってきて、

「ムラサキくんやっぱり居たー」

と、からかい混じりの声を発してくる。

「ムラサキくんは今日がなんの日か分かってるよね?」

さっそく茶々乃さんが切り込んできた。

切り込み隊長な茶々乃さんのコトバにぼくはギクリ、とする。

「く、クリスマス、イブ」

答える声が震えてしまう。

茶々乃さんも八木さんもニヤニヤ笑っている。

「クリスマスは毎年やって来るんだけどさ」

茶々乃さんが、

「今年のクリスマスは、ムラサキくんにとって、これまでとは違った意味合いを持ってるんじゃないの?」

と笑いっぱなしで言ってきて、ぼくの背筋を震えさせる。

「ねえ。午前中からサークルで消耗しちゃって、ホントウにいいの??」

そう言って、茶々乃さんがぼくとの距離を近づける。

 

そんなところに、下級生の朝日(あさひ)リリカさんまでも突入してきて、

「ムラサキさん、うろたえてますね」

と、ぼくを眺める。

「リリカちゃん」

茶々乃さんがリリカさんを見て、

「クリスマスイブの午前中にサークルでグダグダしてる男子(オトコ)って、リリカちゃんはどう思う!?」

リリカさんは即座に、

「異常ですね」

……ぼくの胃がギュイギュイと締め付けられる。

「お……音楽のハナシ、しない??」

床に目線を向けながら、震える声を絞り出す。

山下達郎の『クリスマス・イブ』をKICK THE CAN CREWがカバーして、すごく売れたんだよ……」

「でもそれってムラサキさんが生まれる前のハナシですよね?」

うぅ……。

リリカさんは、知っていたのか……!!

 

× × ×

 

山下達郎やら竹内まりややらマライア・キャリーやらback numberやら、クリスマスソングは無限にあるわけなんだが、その様々なるクリスマスソングが街中(まちなか)にガンガン鳴り響きまくっている。

そして早いうちから日が暮れ始めてくる。冬至を過ぎたばかりの空。

サークルの3人の女子にイジメられて、辛かった。

待ち合わせ場所でつく溜め息が白かった。

『『彼女』と会えば、溜め息をつく回数も減るかな』

そう言いつつ、待ち合わせの相手を待ちわびる。

約束の時刻の5分前。

キラキラのイルミネーションの中に、歩いてくる女性を見つけた。

ファッション雑誌の表紙を飾ってもおかしくないような女性(ひと)だ。

もちろんメイド服なんて今日は着ていない。

ぼくより少し年上の女性(ひと)。

蜜柑さんだった。

 

× × ×

 

肩や背中が軽くなった気がした。

某ショッピング施設の展望フロアに2人で上がる。

座る場所が空いているわけもなく、窓際に並び立って、夜景の輝きを鑑賞する。

当然こんな日のこんな時間帯はガヤガヤとしていて、たくさんの会話の声が入り混じってフロアに響き渡っている。

かえって好都合だった。

なぜなら、どんなことを言ったって、間近の蜜柑さんの耳にしか届かないだろうから。

ぼくは思い切って、今日ぼくをイジメてきた女子トリオに対する愚痴を、10分以上にも渡ってこぼし続けた。

「ムラサキくんにも、結構ストレスがあるのね」

蜜柑さんの顔を見上げたら、苦笑いだった。

思い切りに思い切りを重ねて、

「蜜柑さんなら、受け止めてくれると思って」

と、ぼくは。

「ムラサキくんの愚痴りかた、面白かった」

「そうですか?」

「うん。面白いし、可愛かった。高校時代、クラスメイトの女子が愚痴ってるのをひたすら聴いてあげたときのこと、思い出しちゃった」

「ぼ、ぼくは男子ですよ? それに、もう大学3年生」

おびただしい冬の灯(あか)りを眼下(がんか)に見て、

「ずいぶん昔ですよね。蜜柑さんの高校時代っていったら、5年以上前……」

「ちょっとタイム、ムラサキくん」

「えっ」

「女性に年齢のハナシはしないの」

「あっ」

焦って蜜柑さんの方向に顔を向ける。

彼女は今日いちばんの笑顔になっている。

「まだまだコドモね」

と言って、

「大学3年生だけど、あなた、『少年』よ」

と言う。

「で、でもっ、飲酒だって、できるんですし」

「わたしが選んであげたレストランで飲むつもりだったの? 残念だけどわたしは付き合わないわよ。酒乱だから。飲むと取り乱すから」

「じゃ、じゃあ、飲みません。ぼくも」

「――やっぱり『少年』じゃないの」

 

気が楽になったと思ったら、弄(もてあそ)ばれた。

ふと思った……。

『クリスマス・イブの夜に、この女性(ひと)は、慣れているんだ』

と。