『CM研』のサークル室。
コマーシャル映像を視(み)て勉強しようとしていたら、
「羽田くん羽田くん羽田くん」
4年生女子の荘口節子(そうぐち せつこ)さんがぼくの前に立ちはだかってきた。
「あのぉ。荘口さん、ぼくの苗字を3回も連呼する意味なんてあったんですか?」
『どうせ今日もロクでもないコトを言ってくるんだろう』という予感は既に芽生えていた。
「フフフ」
と、謎めく笑いをぼくに見せつけてきて、それから、
「ファストファッションのCMなんか視てる場合じゃ無いんじゃないか? 新2年生クンよ」
「『新2年生クン』ってなんですか。そんな呼び方やめてください」
ぼくの反発を慈悲も無く無視して、
「きみの意識からは『新歓活動』というモノが消え去ってしまったのか」
あー。
そのコトかー。
そのコトですかー。荘口さん。
「それなりにぼくも努力したつもりですよ。だけど、もうゴールデンウィーク直前。新入生がやって来るのは望み薄でしょう」
「羽田くんは新入生の方からやって来てくれるのを待つだけだっていうのか!?」
ドヤッ、と上から目線的な笑顔になって荘口さんは腕を組み、
「『待つ』んじゃない。『呼び寄せる』んだよ」
面倒くさいなぁ。
本当に面倒くさいよ。
これだから、この女子(ひと)のコトをイマイチリスペクトできないんだ。
「呼び寄せ方は自分で考えようと思います。でもそれを考えるのは後です。今はコマーシャル映像で勉強したいんですっ」
立ちのぼるイライラ。
「良い度胸してるねえ。感心感心。ただ、この部屋に1人も新入生を連れて来られなかったら……」
ぼくは荘口さんの顔を見ていない。でもどうせ笑みの浮かんだドヤ顔なのだろう。そしてぼくが新歓活動に失敗した時の『罰ゲーム』を嬉々として考えているのだろう。
荘口さんの圧力に耐えてぼくはファストファッションのCM映像に懸命に見入ろうとするのだが、
「荘口さんの『罰ゲーム』は痛くて怖いと思うわよ? 羽田くーん☆」
非常に不都合なコトに、3年生女子の吉田奈菜(よしだ なな)さんがぼくの着席している所に近付いてきて、荘口さんに加勢したのである。
こんな時はスルーに限る。徹頭徹尾スルーだ。取り合わない。
タブレットに映るファストファッションCMの映像を凝視しながら、右腕で軽く頬杖をついて、
「吉田さんって確か身長152センチでしたよね」
「げげげ。羽田くんどうしてあたしの身長記憶してんの。羽田くんの記憶力に『げげげ』だよ」
可愛くないコトバ遣いを……。
「吉田さんにお訊きします」
「なによ」
「身長152センチの人にとって、ファストファッションって何ですか?」
「な、なによそれっ。哲学的というか何というかじゃないの」
「身長152センチの人が見ている世界のコトが知りたいんですよ」
「んん……」
吉田さんが戸惑った。
吉田さんの背後から荘口さんが「羽田くんのワケの分からないクエスチョンなんかに取り合う必要ないぞ、奈菜」と言う。しかし吉田さんが考え込み始めるのを止めるコトはできなかった。
「もう1つ吉田さんに考えていただきたいコトがあります」
吉田さんの背後で唖然とする荘口さんは置いておいて、
「ぼくの身長は168センチなんですけどね。率直なご意見をお願いできませんか? つまり、『168センチ』という数値に感じるコトを、思いのままに……」
× × ×
今日の荘口さん&吉田さんとの勝負(バトル)は引き分けという所だろう。
我ながらナイスファイトだった。うん。
さてさてさて。お邸(やしき)に帰り、夕ご飯を食べ終え、ワイヤレスイヤホンで音楽を聴きながらリビングでマッタリとしているのである。午後7時45分だ。
ぼく1人でソファに座っていたが、梢(こずえ)さんが現れた。
ぼくの右斜め前のソファに座ったのでぼくはワイヤレスイヤホンを外す。
「どうも、梢さん」
「ワイヤレスイヤホン外すなんて律儀だねえ、きみも」
「たぶん梢さん、ぼくに何か話したいコトがあってこの場所に来たんじゃないんですか?」
ぼくより7歳も年上の彼女は、
「良く分かったねえ。利比古くんはさ、大学で『CM研』のサークル員なワケじゃん? 新歓の進捗とか、未だに訊いてなかったから」
痛い所をほじくって来るものだ。
「残念ですが、まだ新入生会員はゼロですね」
「え、マズくない!? 私のトコの『西日本研究会』、もういっぱい新入生入会してきてるよ!?」
……手短に説明しよう。
梢さんは今年27歳だが、大学4年生女子であり、キャンパスライフを謳歌しているのである。
詳しい事情は梢さんにとってデリケートなので触れないでおく。
にしても、
「そんなにたくさん『西日本』に惹かれる子が居るんですか? 惹かれる理由がイマイチ……」
「『西日本』って守備範囲広いからね。ありとあらゆるモノが研究対象になる」
それは、まあ、そうか。
「私、心配だなー。『CM研』に閑古鳥が鳴いちゃいそうで。やがて『CM研』に利比古くん1人になっちゃったら、どーするの?? ぼっち状態だよ!?」
またもや痛い所をほじくって来る梢さん。ほじくる手を緩めない。
そして、さらなる不都合として……あすかさんが、いつの間にかぼくと梢さんの間近にニュウーッ、と現れて来たのである。
「うわっ! 居たんですか!? あすかさん」
驚きますよ。
あすかさんはそんなに神出鬼没でしたか!?
「利比古くんってとっても失礼なんだね」
あすかさんがぼくをいきなり罵倒した。
「わたしの存在に気付かなかった利比古くんが悪いんじゃん。責任を転嫁(てんか)しないで」
あすかさんが腕を組んで怒った。
ただ、ぼくの間近に立つあすかさんは、ぼくとは反対方向を見て、腕を組みプンプンしているのである。
怒るのなら、ぼくのほうを向いて怒ってくれる方が、誠実(?)だと思うんだけど……。
『ぼくのほうを向いてくれないですか?』という要求が口から出かかった。
しかし、
「ねーねーあすかちゃーん? 利比古くん、新入生が自分のサークルに集まらなくって、独りぼっち状態になるのが着実に近付いてるんだって。哀愁が漂って来そうだよね?」
と梢さんが言ってきたので、要求を口に出すタイミングを失った。
梢さんのコトバに反応して、あすかさんがこっちの方を向いてくれる。
腕組みは継続。
黙(もだ)して、チラチラとぼくの顔に目線を向けたり向けなかったり。
割りと予想外の挙動だった。
予想内だったのは、
『もう『ぼっち状態』が秒読みだなんて、とってもヒドイね』
という風に罵倒してくるコトだった。
でも、どうも罵倒しようとする意思が無いみたいだ。
これは、もしかすると、罵倒したい気持ちとは別の気持ちが、彼女の中に生まれて来ているのではないか?
その『別の気持ち』の正体はぼくには判然としない。
でも。
的外れな推測かもしれないが、
『たまには利比古くんにも気を遣ってあげよっかな……』
という風な、そんなココロの声が、彼女の内に響いているのではなかろうか?
いやいや……。
やっぱ、的外れか?
あれこれ推測するのもあすかさんに悪いかもしれないという気分になり始める。
するとここで、
「わたし、カルピスソーダが飲みたいから、ダイニングの冷蔵庫まで行って飲んでくる」
と、あすかさんが言ったのだった。
「えーーっ? あすかちゃーん、私たちともう少し遊びたくないー?」
引き留めたい梢さん。
だが、あすかさんは些(いささ)か小声になって、
「すいません。カルピスソーダ優先させてください。また後でゲームでもして遊びましょう、梢さん」
「ゲームって、デジタル? アナログ?」
梢さんに訊かれると、
「どちらでも、オッケーですっ」
と……あすかさんは、なにゆえか、床に目線を落としながら、梢さんに答えたのだった。