「CM研」のサークル室でCM雑誌を読んでいたら、
「羽田くん、ちょっといいか」
眼の前に現れたのは荘口節子(そうぐち せつこ)さん。
やっと「羽田くん」と呼んでくれたのが嬉しくて、
「ありがとうございます。羽田『新入生』と呼ぶのをやめてくれて」
荘口さんはなぜか若干恥ずかしそうになって、
「もうそろそろ……きみも、2年生だし」
彼女が後ろ手になにか持っていることに気付いたぼく。
ひょっとして。
「義理チョコを渡しに来たんですかー? 荘口さん」
彼女はギクッとなって、
「ま、ま、ま、まーな」
という声を発し、恐る恐るといった感じで、包装紙に包まれた義理チョコを見せてくる。
× × ×
まだ包装は解いていないけど、明らかに中身は、市販のミルクチョコレートだ。
『もらえるだけ、ありがたい……』
包装紙に包まれたままのチョコをしみじみと見ていたら、横からドアが開く音。
荘口さんと入れ替わるように吉田奈菜(よしだ なな)さんが入ってきた。
ぼくの手前まで一直線に進んできて、
「それ、荘口さんから?」
「そうです。義理ですが」
「まあそーなるわよね。義理よね」
吉田さんは苦笑いしてから、
「でも、羽田くんはこれまで、何度も本命チョコを手渡されたコトがありそうだけど」
ぼくは黙って荘口さんからの義理チョコを置いた。
そしてCM雑誌を再び開き、CMモデルになった女優の写真を見つめ始めた。
「え、図星だから、そんな行動を!?」
うるさいですね。
「ぼくの過去も尊重してくれませんか、吉田さん」
「尊重ってなによ」
「触れられたくないコトだって……」
「いいじゃーーん。本命チョコもらった記憶は、良い記憶でしょう?」
ぼくの眼の前に『その手』の袋が差し出される。
「この袋……。義理チョコですか」
「大正解。手作りだけど義理」
「……」
「ちょっと。どーしたのよ」
「袋を結んでるリボンが、吉田さんが髪につけてるリボンと同じく、緑色と白色」
「そこっ!?」
× × ×
はぁ。
溜め息をつきながら退室してしまった。
だけど、これから会う予定の女子(ひと)が、義理ではないチョコを渡してくれるから、期待感も徐々に生まれてくる。
× × ×
「わざわざすいませんね。川又さんの大学は山手線の中にあるのに」
「気にする必要なんかないよ」
某自然公園にぼくと川又ほのかさんは居る。
「利比古くん」
「なんですか」
「空気が美味しいね」
「あ~、同感です」
「そろそろ、春なのかな」
「桃の節句も近いですしね」
「『桃の節句』なんて知ってたんだ。利比古くんは帰国子女だから、桃の節句とか端午の節句とか、そういうのに疎いと思ってたのに」
「ぼくだって少しは一般教養あります」
笑って言うぼく。
照れる川又さん。
「あのさ、利比古くん」
照れ続けて、
「この場所で、いいかな? ここなら、他の人の視線も気にならないし……」
「ぼくはどこでもOKですよ」
「だったら」
バッグに手を入れて、ゆっくりと『それ』を取り出していく。
『それ』は、気合いの入った包装で。
好意の籠もったチョコレートが入っていることは明らかだ。
100%の確率で手作り。
彼女の想い。
× × ×
美味しい空気をたくさん吸い込むために並んで歩く。
「味にはあんまり期待しちゃダメだよ。あなたのお姉さんみたいには上手に作れないから」
「そんなこと言ったらダメですよ。絶対美味しいですから」
横目で、1つ年上で154センチの彼女を見て、
「川又さんの想いが籠められてるから、120%美味しいです」
喜びの目線を彼女が送ってくる。
目線と目線がドッキングする。
互いに立ち止まり、向き合った。
以前から言ってあげたかったことが、ぼくにはあった。
「川又さん」
「……うん」
「ぼく、『川又さんってステキだな~』って感じるときがあって」
「ど、どんなとき??」
「『出会った頃からあまり変わってない』ってことに気付くときです」
彼女は眼をパチクリさせて、
「『変わってない』から、『ステキ』なの!? どんな意味合いで……」
「良(い)い意味で変わってないんです。変に大人っぽくならないほうが、あなたらしいと思います」
あれっ。
川又さん、あまり嬉しそうじゃないぞ。
ホメてるつもりなのに。
嬉しそうじゃない、どころか。
目線が徐々に下がり始めてるし、右手がギュッと握られてる。
静電気みたいにピリピリした雰囲気を身に纏(まと)い始めてるというか……なんというか……。