【愛の◯◯】暗い部屋で、独りで、◯◯

 

明日はどんな日か?

だれでも知っている。

バレンタインデーだ。

 

というわけで、1日中チョコ作りをしていて、くたびれた。

今はリビングでダラダラしている。

テレビは点(つ)けていない。

夕方のテレビのニュースを真剣に視(み)る余裕なんてあるはずない。

 

テーブルに置いたスマートフォンを手に取り、

『音楽を聴こうかな』

と思う。

だけどあいにく、ワイヤレスイヤホンは自分の部屋に置いたままだった。

部屋に取りに行かなくちゃ。

だけど、くたびれた腰が重くて、なかなか立ち上がれない……。

 

グズグズしていたら、利比古くんがリビングに出現した。

 

「あっ。野生の利比古くんが……現れた」

「なんですかそれ。ポケットモンスター構文ですか」

真向かいのソファに腰を下ろしつつツッコミを入れる利比古くん。

彼に、

「くたびれてるの。くたびれてるから、ポケットモンスター構文になったの。わたしの苦し紛れ」

「くたびれてるのは、どうして?」

彼の超ハンサムフェイスをヌ~~ッ、と凝視する。

「あすかさん……??」

すぐにうろたえるんだね。

利比古くんらしいけど、欠点でもあると思うよ。

「ねえ」

スカートの上で腕組みして、

「わたしから、甘い匂い、してこない?」

「は、はいっ!?」

「甘い匂いっていうのは、お菓子の匂い」

彼は戸惑いながらも、やがて覚(さと)っていって、

「あーっ……。なんといっても、明日は『アレ』ですもんね」

「そゆこと」

わたしは少し前のめりになって、

「本命チョコってあるじゃん」

「……ありますね」

「今年は本命不在なんだよ」

「え」

「ミヤジが彼氏じゃなくなったから」

「あっ」

「だから、いちばん気合い入れて作ったのは、対抗チョコ」

「へ、へえぇ……」

「ネタバレしちゃうけど、対抗チョコをあげるのは、3名」

前のめりをやめて、しゃきん、と背筋を伸ばして、

「利比古くんと、お兄ちゃんと、ほのかちゃん」

「『ほのかちゃん』!? 川又さんは、女子じゃないですか」

「あれー。利比古くんってそんなに前時代的思考だったっけ」

からかうように、

「そんなに時代遅れだと、対抗チョコ渡してあげないゾ」

 

× × ×

 

タジタジな利比古くんを観るのは楽しい。

 

晩ごはんは7時以降になる予定だったので、録画していた音楽専門チャンネルの番組を再生して時間をつぶすことにした。

テレビに映るロックバンドの演奏に眼を凝らす。

コマーシャルが挟まったが、早送りはせずに、左斜め前の利比古くんに視線を寄せた。

彼はタブレット端末の操作に熱中していた。

彼がタブレットでなにを閲覧しているのかは、だいたい分かる。

ろくでもないモノを見てるに違いない。いかがわしくはないけど、わたしには時間の浪費としか思えないモノ。

コマーシャルが終わったので、再びテレビに眼を向けようとした。

そのとき不意に利比古くんが顔を上げた。

眼と眼が合った。

わたしは一旦眼を逸らしてテレビ画面に眼を凝らしたけど、なぜか彼の眼が気になって、もう一度彼のほうを見た。

わたしの右手の指はリモコンの一時停止ボタンを押していた。

「ライブ映像を観なくてもいいんですか? あすかさん」

余裕の利比古くんにドギマギしつつも、

「利比古くんが、なにか言いたそうだったから」

「じゃあ言いましょうか」

ドクン、と跳ねる、わたしの胸の中。

「ぼくの印象に過ぎないんですけど」

波打つ、わたしのココロ。

「今のあすかさん、オトナのお姉さんに見えるんですよ」

 

× × ×

 

わたしはその晩、食卓を囲まなかった。

 

× × ×

 

電気も点けずに自分の部屋に籠(こ)もっていた。

8時を過ぎたから、みんな晩ごはんを食べ終えているはず。

逃げた自分自身を恥じる。

 

だけど、わたしは逃げるしかなかったんだ。

ドッキリドキドキが止まらないんだもの。

利比古くんの、

『オトナのお姉さんに見えるんですよ』

が、『トリガー』になって。

 

なんであんなこと言ったの!? 利比古くん。

動揺が激しすぎて、お腹が空(す)かなくなっちゃったじゃん。

ドッキリドキドキが鎮(しず)まらないよ。

今夜のわたしを眠らせないつもりなの!?

ヒドいよ。

向こう1週間は、あなたの顔、まともに見られない。

大袈裟だって思う?

大袈裟じゃないよっ。

 

卑怯だよ。

卑怯、卑怯、卑怯。

わたしの内面の変化も、知りもしないで。

わたし……どんどん、あなたに対する評価が上昇していってるのに。

やり場のないキモチをあんまり抱(いだ)かせないでよ……!!