ミヤジとまた大喧嘩してしまった。
これで、今月で12回目の大喧嘩。
次が……13回目。
今度ミヤジの部屋で大喧嘩してしまったら、
『トイレに籠もっちゃうんだから!!』
っていう「必殺技」のコトバを言うつもりでいる。
でも。
だけど。
結局……言えないのかもしれない。
いざケンカになってしまったら……平常心じゃなくなって、言いたいことも結局言えないまま終わる。
そういうふうに、できてしまってるんだ。
諦めに限りなく近い感情を抱き、邸(いえ)の階段をとぼとぼと上がる。
× × ×
2階の廊下に利比古くんが立っていた。
横を通って、わたしはわたしの部屋に入ろうとする。
でも、すれ違った途端に、
「あすかさん。ちょっといいですか?」
と声掛けされるから、ぞわり、となる。
『ぞわり』というのは、利比古くんと向き合うのを怖れる感覚。
× × ×
利比古くんになにを言われるのか、怖かった。
だけど、彼から逃げて、彼のわたしに対する「コトバ」を宙ぶらりんにするのは、もっと怖かった。
きっとココロは乱れるんだろうけど、彼の言いたいことを言われてしまうほうが、「保留」にするよりも幾分マシだと思った。
× × ×
だからわたしは利比古くんの部屋に入った。
現在のわたしの部屋より掃除の行き届いている部屋だった。
わたしの部屋の状態と比較してしまって、胃を痛くする。
利比古くんはマジメな顔で正座している。
正座よりも、卑怯なまでに整った彼の顔面が、わたしを辛くさせる。
「あすかさん」
呼ばれて、また、ぞわり。
「別にぼくの顔を見てくれなくてもいいんですけど、話すことはちゃんと聴いてくださいね」
……なにそれ。
ムカつく。
ムカつく……けど。
こんなことを言われてムカついてしまうのは、ここ2ヶ月間ぐらい彼とのコミュニケーションを疎(おろそ)かにしていた「ツケ」なのかもしれない。
利比古くんを避け気味だった。
こういった状況に追い込まれるのはわたしが悪い。
だけど、だからこそ、
「……さっさと言ってよ、言いたいことは」
と……無理矢理に突っぱねてしまう。
わたしらしくない態度。
わたしのほうが年上なのに。
20歳のオトナなのに。
彼は、
「では、言わせていただきます」
と迷いのない声を発して、
「ハッキリ言って――あすかさんは、良くない方向に傾いてると思います」
と。
「もっと具体的に言ってよ」
彼の言いたいことは、もう把握してる。
だけどだからこそ、わたしはやり返してしまう。
「ここ2ヶ月で、あすかさんはずいぶん変わってしまったと思うんです。良い方向に変化するのなら、問題はありません。ですが、ぼくの考えでは、変化する向きが悪い方向に向かってしまってる」
「具体的にって言ったじゃん、わたし。なのに、良い方向だとか悪い方向だとか、抽象的なことをクドクド言ってるだけで……」
わたしは自然と攻撃的になってしまう。
もう呑み込めているのに。
呑み込めているからこそ。
「――具体的な証拠を列挙するよりも、あすかさんが変になってる原因を確かめたい」
「なにそれ。順序ってものがあるんじゃないの。しかも、『原因』って。そんなにあなたは、わたしのデリケートな領域に触れたいの」
「たしかに、デリケートな領域に踏み込むかもしれません。ですけどぼくは、あすかさんの悪い流れをせき止めたくって」
「カッコつけてるよね。カッコつけたセリフ言って、わたしのプライベートにズケズケと」
こんなこと言っちゃダメだって、分かってる。
だからこそ、反発してしまって、尖ったコトバで抵抗してしまって……。
「人間関係、ですか?」
負けじと利比古くんも踏み込む。
穴が開くぐらい胃がキリキリとなる。
だから、吐き出したくなって、
「そうだよっ。人間関係っ!!」
と叫び声を吐いて、
「どうせあなたも気付いてるんでしょ、ミヤジと最悪な状態になってるって」
と、コトバのナイフを突きつける。
利比古くんは、たじろがない。
彼が冷静だという現実が、わたしの怒りを沸騰させる。
素直になれないまま、沸点をはるかに超える。
そう。
素直に……なれないままに……。
彼は、
「ぼくで良かったら、あすかさんの不満の捌(は)け口(ぐち)になってあげますが。……溜まってるものをぼくにぶつけられたら、あすかさんもスッキリするかもしれないじゃないですか」
「バカ!!!」
即座にわたしは言った。
なんの意味もない罵倒を、した。
「無神経。無神経無神経無神経無神経……!!」
同じ罵倒コトバを、5つ重ねた。
眼が潤んでくる。
利比古くんへの申し訳無さ。
わたしの不甲斐無さを悔やむココロ。
その2つが、ぐるぐるにかき混ざって……泣けてきてしまう。
『もうこの先ずっと、利比古くんに「ごめんなさい」って言えなくなっちゃいそう……』
そんな危機感が産まれる。
そしてその危機感は、絶望感へと変貌していく。