19時を過ぎている。
NHKのニュースをぼんやりと見ていたのだが、だれかの足音が聞こえてきた。
あすかさんが、ひょっこりと居間に現れたのだ。
ぼくはテレビを消す。
あすかさんは端っこのほうのソファに座る。
ぼくは、あすかさん側に距離を詰める。
近づき過ぎないように。
なおかつ、彼女から遠くなり過ぎないように。
玄関のほうをチラと見て、
「おねーさん、帰ったみたいだね」
とあすかさんが言う。
「15分ほど前に」
と言うぼく。
それから、
「すみませんでした、姉がうるさくって」
と言うぼく。
「うるさくなんか無かったから」
あすかさんは軽く苦笑して、
「利比古くんの誕生日なんだから、テンションが爆上がりになるのも無理ないよ」
「でも、あすかさん……」
「んー??」
「……い、いえ」
「まーたー。そんなにすぐに、ゆーじゅー不断になってー」
あすかさんの微笑(わら)い。
それが、大人っぽく見える。
× × ×
「わたしが最近ずーっと不甲斐ないのが、利比古くんの眼につくんでしょ」
切り込むあすかさん。
「眼につくのも当たり前だよねー。一緒に暮らしてて、互いの部屋の距離も近いんだし」
……俯きがちにならないように努めて、ぼくは、
「あすかさん。……卑屈になり過ぎないでください」
苦笑いをこぼしながら、彼女は、
「わかってるよ」
そのコトバに対してぼくは、
「土足で無遠慮に踏み込んだりは、しないので」
苦笑いを持続させ、
「具体的じゃないね」
と言う彼女。
「具体的にしてしまったら……傷つけてしまうと思って」
とぼく。
「なんでそんなに優しいの? 自分のバースデーだから?」
と彼女。
「優しいどころか、甘いじゃん。さっき食べたバースデーケーキよりも甘いぐらいに」
と彼女……。
「あすかさん」
ぼくは、
「喩えが上手じゃないですよ。あすかさんらしくもない」
「きびしいな」
「それと。……『甘い』っていうことは、そこまで悪いことなんでしょうか」
「……」
「ぼくは、あすかさんを追い詰めたくないんです。つらい当たりかたなんて、したくない。できない」
「……」
「現在(いま)のあすかさんを理解したいと思ってるんです。本気で。どこまで誠実になることができるかは、分からないですけど。ぼく、どちらかといえば不誠実だって自覚していて。だけど、不誠実に向いている針を、誠実の方向に少しでも近づけていきたくって」
「――利比古くん。」
「はい。」
「ずいぶんと長ゼリフだったね」
「でした」
「でも、ありがとう」
「……どういたしまして」
「わたし、冷蔵庫からお酒持ってくるよ」
「なぜに?」
「利比古くんのコトバが、ありがたかったから」
「り、理由になってないでしょう」
「一緒に飲もうか??」
「……ぼくはまだ、20歳未満です」