【愛の◯◯】一夜明けて、試される……。

 

流(ながる)さんと朝ごはんを食べている。

流さんは、

・自分が書いてきた小説に、ぼくの姉が容赦ないこと

・それでも、姉の添削やアドバイスの甲斐もあって、小説が完成に近づいてきていること

・完成したら、新人賞に応募してみるつもりであること

を話す。

彼も頑張っているんだな。

ぼくも頑張りたい。

でも、具体的になにを頑張ればいいんだろう。

「頑張る」というよりも。

「どうにかする」べきことが、積み重なっている気がしてならない。

例えば。

昨夜の、あすかさんとの「一件」だって……事後処理がなんとやら、で……。

 

「利比古くんどうしたの? 手が止まってるじゃないか」

 

いけない。

眼の前の朝ごはんがどうでもよくなっていた。

急いで箸を動かし、料理を食べていく。

「ごちそうさまでしたっ」

慌ただしく「ごちそうさま」を言い、食器をキッチンに持っていく。

流しの水を出す前に、

「流さん、あのっ、ぼくですね……」

と言いかけるんだけども、『そういうこと』を言うシチュエーションではないから、口を閉ざして食器を洗い始める。

 

× × ×

 

流さんはぼくの挙動に違和感があったと思う。

情けないな。

あとで謝るか?

いや、やっぱり、今朝のぼくの挙動のことは水に流すのがベターなんではないか。

だけど、あすかさんとの「あのこと」は、キチンと打ち明けるべきかもしれなくて……だけども、打ち明けたからどうなるんだという話でもあり……それからそもそも、あすかさんのプライベート的でプライバシー的な部分に抵触することでもあり……。

 

『立ったまま考えごとなんて、ずいぶんアクロバティックね、利比古くんも』

 

アッ。

ソファで眠っていた明日美子さんが、いつの間にか目覚めていた……!

「すっすみません、お見苦しいところをお見せしました」

「悩みごとでもあるの?」

ぐぐぐっ。

明日美子さんが微笑みをたたえ、ぼくに視線を注いできている。

追い詰められた状況になりかかっている、のだったが、

「――ま、いっか。人生相談は、また今度」

と彼女は言って、

「そんな遠くに立ってないで、もっとわたしのソファに寄ってきてほしいな~」

と言った。

大人しく歩み寄ると、

「美容師のサナちゃんがアパートの水回りがおかしくなって困ってる、って話はしたわよね?」

「ハイ……聞きました」

「やっぱり、サナちゃんにしばらく邸(ここ)の部屋を提供してあげることになりそう」

ということは。

一時的にではあるが、お邸(やしき)メンバーが4人から5人になる。

「住人が増えると、嬉しいわよね?」

ぼくは頷く。

「邸(ここ)で髪を切ってもらったら? 利比古くん」

「サナさんにですか?」

「そう」

「ぼくは行きつけの美容院がありますし……」

「カタイことは言わない言わない♫」

「で、ですけど」

彼女がぼくの顔面をジーッと眺めて、

「利比古くんは近ごろオトコらしくなってきてるから。サナちゃんだったら、オトコらしさが出てきた男の子にピッタリのヘアスタイルにしてくれるわよお」

「お、オトコらしく……なってます? 自覚なんか少しも……」

「ま、わたし個人の見解よね」

と言ったかと思えば、満面スマイルでもって、

「けど、もしかしたら、『わたしの娘』だってそんなふうに思ってるのかもよ」

 

× × ×

 

『わたしの娘』。

すなわち、あすかさん。

明日美子さんがあすかさんのことを持ち出すから、焦り出してしまった。

 

なんとか明日美子さんとのやり取りをやり遂げて、自分の部屋に戻った。

ぼんやりとスマホYou Tubeを見ていたら、

『コンコンコン』

とノックが3回。

あすかさんだ。

 

× × ×

 

カーペットに双方腰を下ろしている。

昨夜のことがあったから、ぼくがコトバを出しあぐねていると、

「わたしが利比古くんに抱きついちゃったことだけど」

と、ズバァッと斬り込まれた。

「2人だけの共有にしておきましょう?」

あすかさんが続けて言う。

なんだかあすかさんが、これまでになくオトナっぽく見える。

なぜ?

そもそも彼女はハタチだから、立派なオトナ。……でも、今日はなんだか様子が違って見える。

『ぼくに抱きついてきたのを経て、そうなったんだろうか……』という邪(よこしま)な考えが浮かんできて、自己嫌悪と恥ずかしさがやって来る。

「内緒にしましょうよ」

とあすかさんは。

「特に、ほのかちゃんには――こんなこと言えない。利比古くんだったら、理解できるわよね。あなたとほのかちゃんの関係性を考慮したら、なおさらだわ」

確かにそれは真理だ。

2人だけの記憶の中にしまっておいて、厳重に鍵をかけて、持ち出さないようにしたほうがいい。

そして、いちばん持ち出せない人物こそ……川又ほのかさんなのだ。

ぼくは、「はい。理解してるつもりです」とあすかさんに答える。

答えながらも……。

あすかさんの、『さらなる異変』に、気付き始める。

 

『口調』だ。

 

『理解できるわよね

『なおさらだわ

通常、こんな語尾を、あすかさんは用いない。

なぜ、こんな語尾に。

気になる。

だから、思わず、

「あの……。今日のあすかさんの喋りかた、なんか変じゃありません? ぼくの姉に喋りかたが似ているというか、なんというか……」

とコトバを漏らしてしまった。

『語りの文体』とでもいうのだろうか。

あすかさんの語りの文体(スタイル)が一変していて、昨夜抱きつかれたという『事件』以上に、気になって仕方がなくなってくる。

「気にする必要なんかないわよ、わたしの語尾だとか」

ほ、ほら。

また、『わよ』って言ってる。

「……語尾を、気にすると、怒ります?」

「わたしが?」

「はい」

「怒りはしないわよ。でも、できるだけ自然に接してほしいかしら」

『かしら』という語尾も……!

「ぼ、ぼく、そういう語尾になったキッカケ、ちょっと知りたいかも」

「イヤよ」

……あすかさんの、一蹴(いっしゅう)。

「もっとも、わたしのこういう喋りの仕方がいつまで継続するのかは、自分でも分からないんだけど」

だ、だいじょーぶなのか!? それで。

「あすかさん……。自分を自分でコントロール……できてますか」

「どっちだっていいじゃないの、コントロールできてるかできてないかなんて」

「だ、ダメですよっ!! 困るし、心配になるんですから!!」

「テンパるわね」

あすかさんのせいですよっ!!

「わたしね、昨夜(ゆうべ)の『抱きつき案件』以外にも、話したいことがもっとあるの」

ちょ、長時間拘束の流れ!?

「聴いてほしいのよ……わたしのお話を。だから、逃げないで??」

「……逃げはしませんが」

「嬉しいわ!! 利比古くんが耳を傾けてくれるだけで、どれだけ幸せになれるのかしら!?」

 

……ぼくの耐久性が試されている。