明日美子さんが、長いソファの上にごろ~んとなっている。
「もう寝るんですか? 明日美子さん」
訊くぼく。
「そこはかとなく眠いのよ」
答える明日美子さん。
そこはかとなく……ですか。
でも、
「なぜ、ごじぶんの部屋ではなく、ここで?」
「あ~」
寝返りを打ってから、彼女は、
「わたしの部屋のダブルベッドをねぇ、あすかと愛ちゃんが、使いたいんだって、今夜」
それはつまり――、
「明日美子さんの部屋で、あすかさんと姉が、いっしょに寝る――と」
「そ。――ダブルベッドのほうが、ゆとりがあるものね」
「まあ、ふたりで寝るなら……」
「思うところもあったんでしょ、ふたりお互いに」
「……思うところ?」
「衝突しちゃったんだし」
「ああ……なるほどです」
あすかさんと姉の抗争(?)は長引いた。
ようやく、よりを戻せたみたいで、ぼく、安心したてのホヤホヤなのだ。
なるほど。和解のしるしに、ダブルベッドか。
ダブルベッドで、和解……。
ダブルベッドで……。
だ、ダメだぞ、ぼく。
あらぬことを、あたまに浮かべては。
仲直りした女子同士が、いっしょに寝る。
ただ、それだけのことだろ……!?
「あーっ」
「な、なんですか、『あーっ』って、明日美子さん」
「ヌフフ」
「ええぇ……」
「利比古くんも、男の子だもんねえ」
……顔をヒートアップさせながら、
「なんにも考えてなんかいません!!」
と潔白をアピール。
「――こらっ。利比古イジメとか、最低だぞ、母さんっ」
アツマさんだ。アツマさんがやって来てくれた。
救い主だ。
「べつに、イジめてもイジっても、いないわよぉ」
「説得力なし。
それと……毛布もかけずにそこで寝たら、ぜったいからだ冷やすぞ」
「あら、忠告ありがとう。よくできた息子だわ、あなた」
「るせぇよ……」
「ねーねー」
「なんだよっ母さんッ」
「あすかがさー」
「あすかがぁ??」
「あすかが、お兄ちゃんのあなたに……ずいぶん甘えてくれたみたいじゃないの」
「ななななぜ知ってるッ」
「母だもの。」
「アツマさん。あすかさんが甘えた、って、いったい……」
「……」
「そんなに……言いにくいですか」
「……いや、ちょっとばかし、背中をグリグリされただけだ」
「背中をグリグリ?」
「……高校卒業間際とは思えないスキンシップだった、あすかのやつ」
スキンシップか……。
「――なるほどっ」
「……なぜに、納得??」
「いくつになったって――あすかさんにとって、アツマさんは、だいすきなお兄ちゃんなんだなー、って」
「……ぐぐ」
「うらやましいです。きょうだい愛」
「……おまえの姉にしたって、相当なブラコンだろうよ」
× × ×
「とにかく、あのふたり、仲直りできてよかったですねぇ」
「一件落着だ。一件落着するかどうか、不安でもあったが」
「大の仲良しな割りに、派手にぶつかり合っちゃうことも、しばしばあって」
「仲良し『ゆえに』、かもしれん」
「……でも、しばらくは、大丈夫そうですね」
「おれは、今回、ほとんどなにもできなかったけど」
「ぼくも傍観者になるしかありませんでした」
「仕方ないさ……あんまり卑下(ひげ)するなよな、利比古」
そう言うと、ソファにゴロゴロの明日美子さんを、アツマさんは見下ろして、
「母さんも、不干渉主義だったよなあ。……『明日美子パワー』が発動すれば、もうちょい早く、解決できたかもしれんのに」
明日美子さんはアツマさんに対し、
「あえて、発動させなかったのよ」
「あえて!? ケンカが年の瀬まで続くかもしれんとか、危機感、なかったんか!?」
「おさまるところにおさまるものだって、確信してたんだもん、わたし。――事実、おさまるところにおさまったじゃない?」
「……もうちょっと、あのふたりを『監督』してくれたっていいだろ」
「アツマぁ」
「……んっ」
「あなたが思ってるより、ちゃんと観てるから。あすかと愛ちゃんのこと。――ほらぁ、同じ女じゃないと、わからないことだってあるでしょー??」
「……だったら、もっとしっかり、『お母さん』してくれたって」
「してるよ?」
「してるか!?」
「たとえばさぁ。アツマ……あなた、あすかのバストサイズなんて、わかりっこないでしょ」
「なんだよそれっ! なにが言いたいんだよ!? あすかの胸がなんなんだよ」
「……しっかり、『お母さん』してないと、わかんないことでしょ? これ」
「話を逸らしてるだろ母さん」
「バレた~~」
あたまを抱えるアツマさん。
致しかたない。
× × ×
ところで――。
間近のテーブルに、本が1冊、無造作に置かれていた。
『アイロンはひとり暮らし最強の味方』なる本。
ぼくは、本を手に取って、アツマさんに言う。
「アツマさん……気になりませんか? さいきん……姉が、こういう系の実用書を、しきりに読んでいる気がするんですが」
「……あいつ、読みまくり状態だよな、ひとり暮らし関連のハウツー本」
「もしかして、姉、『本気』になってるんでは……!」
「――どうしたいんかな、あいつ」