週に1回は「プチ帰省」するという約束だったので、アツマくんとともにお邸(やしき)に帰ってきた。
お邸に着いたのが、朝の9時過ぎ。
『日曜日だから、プリキュアの放送がちょうど終わった時間帯ね』と思ったりしてしまったのは、どうしてなのかしら?
「思い当たる節(フシ)はあるけど……ま、いいか」
リビングの一角のソファに座り、雑誌をパラパラめくりながら、そう呟いたりしていたら、
「愛ちゃんのヒトリゴトが聞こえちゃった」
という声がした。
明日美子さんがお目覚めになられたのである。
ゆるーっ、と彼女はわたしに近づき、
「おかえりなさい、愛ちゃん」
「ただいま帰りました、明日美子さん」
「はいはい、いい子ね、愛ちゃんは」
「ホメられちゃった」
「ホメるわよぉ」
いつも通りの柔和(にゅうわ)なニコニコ顔で彼女は、
「せっかく、愛ちゃんが帰省してくれたんだし――おこづかい、あげないとね☆」
と言う。
またまた。
「もー、わたしが何歳(いくつ)か、知ってるでしょー?? 今更『おこづかい』だなんてー」
「え~~、今日の愛ちゃん、なんだか素直じゃない~~」
両者、ふざけ合い。
× × ×
戯(たわむ)れ合いながらも、ちゃっかり「臨時収入」を受け取ったわたし。
臨時収入だけでなく、明日美子さんは、お昼ごはんも提供してくれた。
彼女の凄腕によって作られたお昼ごはんは、筆舌に尽くしがたいほど美味しく、1週間の疲れも完全に吹き飛んでいく。
食後。
わたしは流(ながる)さんと向かい合って、コーヒーを飲んでいた。
「アツマのやつ、さっさと部屋に引き上げてしまったね。ぼくたちと一緒にコーヒーブレイクすれば良かったのに、どうしてだろう」
「反省会だそうです」
「反省会? ひとりで??」
「お仕事のことを振り返るためには、静かな場所で、自分と向き合ってみなくちゃダメなんだそうで」
「そんなに真面目だったっけ、あいつ」
「まあ、お仕事始めたばっかりですから、気負い立ってるんでしょう」
「愛ちゃんは、あとで……」
「ハイ。彼の様子を見に行きます。様子を見に行って、それから――」
「――それから?」
微笑みの流さんに、
「――ヒミツです。」
と言って、微笑み返す。
× × ×
その前に。
× × ×
利比古の部屋に入ったのである。
弟の様子もシッカリと確かめないとね。
「ちゃんとしてるわね、偉い偉い」
まずは、部屋の整理整頓ぶりをホメてあげる。
あげるんだけど、
「受験生時代の参考書が床に積み上げられたままなのが、玉にキズだけど」
姉であるわたしの指摘に、
「片付けきれなかったんだ」
と大学生になった弟は。
「片付けきれないことは無いでしょうに。いくらでも方法はあるはずだわ」
「厳しいね」
「そう思っちゃうの?」
「思っちゃう」
「あんたに対しては、あすかちゃんのほうが、よっぽど厳しいんじゃない?」
あすかちゃんの名前を出した途端、ドアがノックされた。
あすかちゃんのノックで間違いない。
彼女を迎え入れて、わたしは、
「どう思う? あすかちゃん。利比古、ちゃんとしてるように見える?」
と尋ねる。
「ここ最近の利比古くんの生活ぶりのことですか?」
「ご名答」
「んー」
数秒間だけ、考える仕草をして、
「相変わらず、ウィキペディアが好きですよね」
とあすかちゃんは回答。
横から利比古が、
「う、ウィキペディアと生活のこととは、関連性が無いでしょっ、あすかさぁん」
と狼狽(ろうばい)する。
「なに言うの利比古くん。あるよ、絶対」
「ないです」
利比古の反発。
「ないわけないよ」
利比古の反発に対するあすかちゃんの反発。
「あるわけないと、ぼくは思うんですけど!!」
反発への反発への反発。
「利比古くんが思ってることの、反対なんだからっ!!」
「あすかさんが思ってることの、反対なんですからっ!!」
オーッ。
「『ケンカするほど仲がいい』を、地(じ)で行ってるわね、あなたたち」
わたしはそう言ってみた。
ふたりは一瞬、顔を見合わせる。
それから、互いに視線を合わせにくくなる。
「良いコンビだと思うわ」
わたしは言い足す。
× × ×
「利比古の部屋で楽しんできたわよ」
ベッドに座るアツマくんを、カーペットに腰を下ろし、見上げる。
「あなたも来たら良かったのに」
「……おれは、納得の行くまで、反省したくって」
「あやしいわね」
「な、なにがじゃ」
「反省しても、し切れなかった……そうなんじゃないの?? あなた」
「う」
「ほらほら~、そういうリアクションするってことは、図星ってことでしょ」
口ごもる。
目線が下向きになる。
彼、カラダもココロも、強張(こわば)っちゃってそう。
しょーーーがないわねっ。
「プチ帰省の本来の目的、忘れてるでしょ?
リフレッシュが、第1目的なのよ?
今のあなたは、どう?! リフレッシュの真反対じゃない」
カラダやココロをほぐすためのプチ帰省で、逆に強張っちゃうなんて、本末転倒。
だから。
床から立ち上がって、ジト目で彼を見る。
どんどんベッドに近づいて、彼の左肩に右手を触れさせる。
揉み込むように、その左肩をフニフニといじくったあとで、一気に上半身を包んでいく。
抱きしめたあとは、押していくのが、お約束。
彼もタダでは終われないようで、わたしのハグに負けじと、抵抗する。
押したり引いたり揉み合ったりを、互いに繰り返す。
その結果、横寝(よこね)で向き合うかたちになる。
距離は無い。
『……ったく。』
捨て台詞のような彼の声。
だけど、捨て台詞のようで、ぜんぜん捨て台詞じゃなくって……その証拠に、わたしの背中に両手を回してきてくれて、ギューッと抱きしめてくれるから……幸せな気持ちになることができる。