新年度になって、3年生になった。
最高学年だ。
進路のことなどもキチンと考えなければならない。
さらに部活動でも、なんらかの「目標」を持って、それに向かって努力していきたいところだ。
具体的な「目標」はまだ、定まっていないんだが……。
『会津くん、考えごと?』
ボクの席の真向かい、教卓の前に立っている日高ヒナが、言ってきた。
「考えごとにふけってる場合なんですかねぇ」
とも言ってくる。
「自分のこと考えるよりも、新入生勧誘のために動いてほしいよ」
とも言ってくる。
「動く、とは」
ボクが訊くと、
「1年生の校舎に繰り出して、ビラを配りまくるとか」
と日高は答えるのだが、
「ビラなんて作ってないだろ」
と指摘せざるを得ない。
「それもそうだった」
と日高。
「それに、会津くんを1年生校舎に派遣したら、なにが起こるかわかんないし。会津くん派遣案は危険な案だったかも」
と日高。おい。
もっと部長らしくしてくれ……と内心思いながら、日高に厳しい目線を送る。
「なに!? 会津くん、不機嫌!?」
日高の声のボリュームが大きくなっていっているのに、ウンザリとし始めていた。
ウンザリさせられる部長女子から視線を外し、入り口ドアの方角に視線を移す。
すると。
ドアから、「こん、こん」というノック音が……聞こえてきたのだった。
× × ×
「名前を書いてくれないかな」と日高に言われ、ドアを叩いた1年生女子は、白板(はくばん)に縦書きでフルネームを書いた。
『貝沢 温子』
『かいざわ あつこ』という振り仮名が書き添えられる。
彼女に対するボクの第一印象。
それは、
『どことなく、戸部あすか先輩の面影を感じられるような気がする』
だった。
背丈が戸部先輩(155センチ)とほぼ同じだろうし、黒髪の長さも肩にギリギリかからない程度で、やはり戸部先輩を彷彿(ほうふつ)とさせる。
もちろん、戸部先輩の親戚だとか、そういうわけではないだろう。
しかし、戸部先輩の面影を重ねてしまう。
他の部員の印象はどうだろうか。
ボクにはそれが気になっていた、のだが、
「早速だけど、呼びかた決めようよ!!」
と……既存メンバーのボクたちに向かって……日高が、叫んだ。
反射的に、
「オイこらっ、日高っ」
と、ボクは叱ってしまう。
「段取りという文字は君の辞書に無いのか!? このスポーツ新聞部に来た動機を訊くとか、呼びかたを決める前に、いろいろすべきことがあるだろうが」
叱るのだが、しかし、
「もう彼女は、ウチの部に入ったんだよ!!」
と強引に言う日高。
極めつけの強引さを食らうボク。
日高に加勢して、水谷ソラが、
「そうそう!! 彼女はもう、わたしたちの仲間。ニックネームをすぐにでも決めちゃいたいよね」
と言うから、段取りというものがどんどん消え去っていく。
救いを求めるがごとく、本宮なつきに顔を向けるボクだったが、本宮もニコニコとするばかりで、間違いなく日高と水谷に追従(ついじゅう)しようとしている。
日高は、戸惑っている新入生女子・貝沢さんに限りなく接近し、
「温子(あつこ)だから、『あっちゃん』とかが無難なんだけど、無難な呼びかたは避けてみたいよね」
と言い、それから、
「あたしの推す呼び名は――『オンちゃん』。温子の温(オン)で、オンちゃん。どう思う?? みんな」
眉間に左人差し指を当てつつ、ボクは、
「日高。」
「なに、会津くん?? 文句なら、聞かないよ」
「貝沢さんを、あまり泣かせるなよ」
「どういう文句!? それ。聞き捨てならないよ」
「……」