新入部員の貝沢温子(かいざわ あつこ)ちゃんに『オンちゃん』というニックネームが早速ついた。
良いことだ。
中学時代、人(ひと)づてに回ってきたウチの部活の新聞を読んで、読むのが楽しくて仕方がなくなって、で、入学したら部のドアを叩くつもりだった……と、彼女の「動機」は、まあこんなところ。
良い動機だ。
『スポーツ新聞部が無かったら、この学校を志望してなかったってことだよね?』
と訊いたら、
『たぶん』
とうなずきつつ、答えてくれた。
良い子だ。
× × ×
どうやって新聞を作成しているのかを、オンちゃんに説明する。
「こっちがわたしの原稿で、そっちが会津くんの原稿ね。このふたつの原稿を、同じページに載っけるの」
と説明していたら、
「会津先輩の原稿……面白いタイトル」
といきなりオンちゃんが言い出したから、びっくり。
「『九州Jリーグの黎明(れいめい)』」
会津くんの記事タイトルを声に出して読むオンちゃん。
声に出して読みたい会津くんの記事……ってこと!?
あと、高校入りたてなのに、「黎明(れいめい)」がよく読めたね。
「そ、そんなに面白いかなあ。『黎明』って、『夜明け』っていう意味でしょ? べつだん凝(こ)った記事タイトルでもないような……」
「ソラ先輩。」
さらにびっくり。
オンちゃんがわたしの顔をまじまじと見てきたから。
眼と眼が合わさる。
入部2日目のオンちゃんは、
「わたし、好きだったんです。会津先輩の書く記事が」
と激白……!
まさかまさかの、会津くん推しっ!?
わたしは思わず、向こうの席でメガネを拭いていた会津くんに眼を向ける。
今度は、わたしと会津くんの、眼と眼が合わさる。
× × ×
ヒナちゃんとサッカー部の練習場まで歩いて行く道中。
「教室に残った会津くんが、オンちゃんに変なことを吹き込まないかな……」
不安視するわたし。
「いかにも吹き込みそうだよねえ」
同調のヒナちゃん。
「ま、なつきちゃんも居てくれてるんだし、たぶんなつきちゃんが、『ストッパー』になってくれるよ」
同調しつつも楽観のヒナちゃん。
「じゃあわたしも、なつきちゃんを信頼する」
そう言って、わたしはわたしの不安を和(やわ)らげる。
サッカー部練習場への道のりは結構長い。
わたしとヒナちゃんは並んで歩き続ける。
水面がキラキラとした春の小川のせせらぎが聞こえる。
鳥が一羽、上空を飛んでいるのが見える。
半分ほど散ってしまった桜の樹の横を過ぎる。
「――さっき、活動教室で」
口を開いたヒナちゃんの横顔を見る。
「ソラちゃん、会津くんと一瞬、顔、見合わせてたじゃん」
平穏無事なヒナちゃんの横顔を、見続けてしまう。
彼女のコトバの意図がわからず、困惑する。
「会津くんは、すぐに、メガネを拭く作業に戻ったけど」
彼女はそう言ったあとで、
「ソラちゃんは――しばらく、彼の方角を向いたままだったよね」
と……わたしにとっていちばん不都合な指摘を……投げかけてくる。
ご指摘に、わたしは、
「そ、そんなことないよ。ヒナちゃんにはそう見えた、ってだけでしょ。錯覚だよ、錯覚」
と、必然的に震える声で返すけれど、
「ソラちゃん」
「……な、なに。どうしたの」
「これから急に話が変わるけど、ごめんね」
「えっ?」
「春休み。
春休みに、あすか先輩と会ったんだよね。ソラちゃんは」
ゴクリ、と息を呑む。
いや、息を、呑まされてしまう。
「きっと、なにか言われたんだよね、あすか先輩に。だから、会津くんから、なかなか視線が離れなかった」
「……。違うよ」
立ち止まってしまった。
ヒナちゃんの言うことを、否定してから。
立ち止まるのが必然的なら、わたしが否定したことで空気が重くなるのも、必然的。
「……ごめん。
『違うよ』って言ったことは取り消さないけど、ごめん。」
わたしは謝る。
「ううん。あたしこそ、ごめん。
不用意なこと言っちゃって、ごめん。
『忘れて』なんて無責任に言えないけど、ごめん。」
ヒナちゃんも、謝る。