【愛の◯◯】誤字とかイエローカードとか打率6割とか

 

こんにちは。

スポーツ新聞部1年の会津大地(あいづ だいち)です。

今年も、よろしくおねがいします。

 

× × ×

 

3学期が始まっている。

 

大学入試の共通試験も迫り、3年生の校舎のあたりから、ピリピリとしたムードがにわかに漂ってきているのを感じる。

 

…そんななか、自己推薦入試でひと足早く合格を決めた、われらが部長・戸部あすか先輩は、飛び回るようにして、各部活への取材を精力的に行っている。

 

3年の3学期になっても……アクティブさは、微塵も衰えず。

 

× × ×

 

「戸部先輩は、一般受験組の3年のひとに、うらやましがられたりしないんですか?」

思い切って、訊いてみた。

「んー、意外と、うらやましがられてないんだよねー」

彼女は答える。

「日ごろの行いがいいおかげ、かなあ?」

と、彼女は言い添える。

 

ほんとうに、人気があって、愛されてるんだなあ、先輩は……とボクは思う。

稀有(けう)な存在だ。

 

「ところで、話は変わりますが、先輩は、いつ部長職を退くんですか?」

思い切りついでに、訊いてみる。

「あー、その話かー」

苦笑しつつ彼女は、

「またこんど」

と、即座に、一蹴(いっしゅう)。

 

× × ×

 

アクティブな戸部先輩は、取材のため、活動教室を退出してしまわれた。

 

立ったまま、活動教室の教卓の上で、校内スポーツ新聞のバックナンバーを読んでいると、

会津くん。バックナンバーなんて読んでる場合じゃないよ」

と、同学年の水谷ソラが近寄ってきて、今朝配布したばかりの号をパサッ、と教卓に乗せて、

「これ、よく見て」

と言って、人差し指で、ボクの書いた記事を指し示した。

「すいぶん、難しいことばも使われてるけど…」

難しいことばが使われてるなら、なんなんだ。

「誤字。誤字が、3つあった」

 

誤字が……3つ、も?

ボクの、記事に…??

 

「そんなばかな」

「…まだ気づかないの? 会津くん」

 

見損なっちゃうな……と言わんばかりの眼つきで、水谷がボクを見る。

 

そんな眼で見られると、不機嫌になってしまうじゃないか……。

 

……苛立ちを、押し殺し、ボク自身の文章を精査(せいさ)する。

たしかに、誤字が、見つかった。

しかし、2つの誤字しか、わからない。

 

「3つじゃなくて、2つじゃないのか? 水谷」

「2つじゃないよ。3つだよ」

水谷は身を乗り出すようにして記事に視線を注ぐ。

…のけぞるボク。

「なに、そのオーバーリアクションは」

「水谷」

「?」

「…君の頭が、危うく、ボクの胸にぶつかるところだったぞ」

「……!!

 

こんどは、水谷のほうが、オーバーリアクションで、教卓から飛び退(の)く。

 

会津くん!! イエローカードだよ、イエローカード

そう叫んできたのは、もうひとりの1年女子である、日高ヒナ。

「ソラちゃんに不用意なこと言わないでよっ、もーっ」

水谷の肩を持つ、日高。

 

旗色悪くも、

「ファールで、いいだろ……そこは。イエローカードなんて、大げさな」

と抵抗してみる。

対する日高は、

「あたしが審判だから」

と強引なことを言い、

会津くん、今学期イエローカード1枚目」と宣言したかと思うと、イエローカード代わりに某ポイントカードを素早く取り出して、掲げる。

「それは何枚で退場なんだ。2枚なんて言わないよな?」

「言わないよ!」

「じゃあ何枚なんだよ」

「3枚」

 

……。

 

「3枚は、少ないんじゃないのか」

「少なくないよっ。3学期、短いし」

「…考え直してくれよ」

「やーだよっ」

「…あと、Tポイントカードをイエローカードの代用にするのは、自重しろ」

「ヤダヤダ」

 

あのなあ、日高……!

 

× × ×

 

イエローカード制度は、結局うやむやのまま。

 

散々な目に遭った木曜だった。

あす以降も日高は、「イエローカード3枚で退場!」と主張し続けそうだ。

 

戸部先輩が……どう出るかなのだが。

 

× × ×

 

帰宅後の、夜。

ある日の、校内スポーツ新聞を読み返していて、とんでもない誤植に気づき、冷や汗をかいた。

もちろん、冷や汗をかいたのは、じぶんのミスによる誤植だったから。

 

水谷のピンチヒッターで作成した、パ・リーグの打者成績欄。

とある打者の打率が、

.648となっていることに、発行から4ヶ月以上経って、気づいてしまったのである……!