【愛の◯◯】パンダ柄文庫カバーと柔らかスマイルの少女

 

どうも。

きのうに引き続きまして、利比古です…。

 

× × ×

 

始業式の翌日。当然、通常授業が始まる。

 

とくに波乱もなく過ごして、放課後を迎えた。

 

迎えた、とたんに――、

放送部に連れ込まれた。

 

× × ×

 

連れ込まれた経緯は……諸事情により、省略。

 

 

……。

『諸事情、とか、便利なことばを、なりふり構わず使っていいものなのか?』という疑問は、置いておくとして。

 

「……ずいぶん、たくさん、置いてあるね、お菓子」

「新春スペシャルだよ羽田くん」

 

すかさず「新春スペシャル」とか言ってきたのは、例によって、小路さん。

 

「じゃんじゃか食べちゃっていいからね」と小路さん。

「そんなに……食欲はないかな」とぼく。

わたしのお菓子が食べられないっていうの!?」と、おどけて言う小路さん。

「ど、ど、どうしても、食べてほしいの?」と、やや恐怖心を覚えつつ言うぼく。

 

「ヨーコ、羽田くんを脅かさないでください」と言ってくれたのは、猪熊さん。

さすがは、放送部部長だ。

折り目正しい、っていうのかな。

 

「脅かしてなんかないよ」と小路さん。

「説得力ありません。――じゃれている暇があったら、発声練習したり、放送部部員として、じぶんの技術を磨いたらどうなんですか」と猪熊さん。

「わたしは天才肌だから」と小路さん。

「天才肌?」と猪熊さん。

「努力は、ほどほどにしとくの。そんでもって、努力が不足してるぶんを、天才肌で埋めるんだよ」と、かなり不可解なことを言い出す小路さん。

「ヨーコの理屈……まったく理屈になってませんよね?」と、かなり不穏な表情で言い返す猪熊さん。

「知ってるでしょ亜弥は。わたしは『それ』で、いままで、どーにかなってきたってこと」

頭の後ろで手を組んで小路さんが言う。

口笛でも吹きそうな余裕。

猪熊さんは、ほんの少しだけ目線を下げ……捨て台詞もなにも、言わないまま。

 

× × ×

 

あっ!

 

「なっ、なんですか、ヨーコ!? いきなり絶叫するのはやめてください」

「約束があったこと思い出した」

「約束…?」

「5時に、部室棟の前で、陸上部の子と会う約束してたんだった」

「…大事な約束なんですか」

「ぜんぜん♫」

「……」

「すぐ終わる取引だから、パーッと用を済ませてきて、パーッと舞い戻ってくるからさ」

 

× × ×

 

取引って、なんだろう。

陸上部の子って、男子と女子のどっちだろう。

 

…小路さんが出ていった部屋。

『小路さんも案外、ミステリアスだよね』と話を振ろうとして、猪熊さんのほうを向いたら、猪熊さんは、パンダ柄の文庫カバーがかかった文庫本と、にらめっこを開始していた。

 

「――読書、するんだ」

「えっ?」と顔を上げる、猪熊さん。

「いいね。その文庫カバー」

指差しながらぼくは言う。

「……」と押し黙り、しおりを挟んでパンダ柄カバーの文庫本を閉じてしまう彼女。

気まずさレベル、微上昇。

 

両手で指を組みながら、

「きれいな日本語を話すためには――読書のスキルは必要不可欠だと思っています」

と猪熊さんは話し出す。

「この部だと、読書の習慣のない子のほうが、少数派ですよ」

「…きっと、小路さんなんかは、少数派のほうなんだろうね」

ぼくは訊いてみる。

「よくわかりましたね。あの子は漫画しか読まないんです」

「…イメージ、しやすい」

「しやすいですか」

「いかにも、だもん」

「羽田くん…、あの子の居ないときだからって、言いたい放題になってきてません?」

 

そう言ってきた、猪熊さんの顔に、

笑みが……浮かんできていた。

 

しかめっ面とは違う、

柔らかな、笑み。

 

「い……言いたい放題とは、ちょっと、違うんじゃないかな……」と、しどろもどろのぼく。

 

× × ×

 

小路さんの帰りが遅い。

 

「待たせますね…。いまに始まった話じゃないですけど」

「猪熊さん」

「なんですか」

「きみが読んでる本、どんな本?」

「……わたしの文庫本を話の種にして、時間をつぶすつもりですね」

「ダメなの?」

「なんのために、わたしが文庫カバーをかけていると?」

「ダメか……」

 

だったら。

 

「だったら、パンダの話しない? せっかく、パンダ柄の文庫カバーなんだし」

 

「……もしかして、羽田くん、上野動物園が好きだったりします?」

「そこそこ好きだな」