【愛の◯◯】木内くんの「厳しさ」

 

窓の外をひたすら見ているオンちゃんに、

「オーイ」

と声かけ。

盛大に『ビクッ!!』となるオンちゃん。大仰に振り向いてくる。

「な、な、なんでしょーか!?」

ヒステリックに訊いてくる。だめだこりゃ。

わたしは両方の腰に手を当てて、『しょーがないなぁ』と彼女を見下ろして、

「その様子だと、取材に行けそうにないね」

オンちゃんは、わたしが言った途端にうつむく。

「ねえ、ノジマくんかタダカワくんのどっちかが、ピンチヒッターになってあげてよ」

1年生ボーイ2人の方を向いて、部長としてのお願い。

「それならぼくが行きます。剣道部でしたよね?」

ノジマくんが手を挙げてくれた。

「お願いね」

「分かりました」

活動教室のドアにノジマくんは行こうとするけど、途中で立ち止まり、オンちゃんを見て、

「貝沢(かいざわ)センパイ。体調不良ですか?」

と声をかける。

優しさはGOODなんだけど、

ノジマくん、早く行くの。オンちゃんは、そっとしてあげておくの。あげておくべきなの」

と、部長としてわたしは告げる。

「……」とその場に立って少し押し黙っていたが、やがて足を動かしてくれるノジマくん。

 

× × ×

 

いつもより30分、部活の終了時刻を早めた。

オンちゃんがあんな様子だと……ね。

 

校舎を出て、下校の道の方角に向かおうとする。

しかし、厄介な男子生徒が、途中で立ちはだかっていて。

駐輪場に近い所に、木内伊織(きうち いおり)くんが立っていた。同学年の男子。チャラい男子。

「本宮(もとみや)か」

そう言いながら数歩(すうほ)距離を詰めてくる彼。

「おまえって自転車通学だったっけ?」

「違うよ。電車と徒歩」

「なら、なんで駐輪場の近くまで来(く)んの」

「駅まで行くには、ここを通った方が近道だから」

「なるへそ」

いつも通りの軽々しい口ぶり。

飛んだ邪魔が入った……と思っていたら、木内くんが、アゴに手を当てて、考え込むポーズになった。

戸惑う。戸惑うし、嫌な予感がする。

「わ……わたし、木内くんなんかに構ってるヒマ無いから」

逃げたかった。

でも、

「ちょっと待ってくれや本宮。時間、くれないか」

「……時間?」

「話した方が良いよな……って思って」

「何を?? 何を、話した方が良いの??」

ひと呼吸置いてから、彼は、

「おまえんとこの部活の、貝沢さんのコトなんだが」

寒々しさがわたしの全身に襲ってくる。

最高に心地悪い冷や汗がダラリと肌を伝う。

彼が次に言うコトが分かってしまって胃が急激に痛くなる。

「春園保(はるぞの たもつ)に告白して、フラれたんだってな」

コトバも出ず、立ち尽くす。

木内くんを直視できず、アスファルトの地面に視線を差し込む。

木内くんは何もコトバを足してこない。わたしの反応を見ているんだろう。

下校時刻の音楽が鳴り始める。ビートルズの曲のインストゥルメンタル。なんていう名前の曲かは知らない。

曲名が分からないビートルズが校内に鳴り渡る中、

「……どうやって、知ったの」

と声を振り絞る。

木内くんはあまり間を置かずに、

「春園に、報告された」

ドッキリして、当事者でも無いのに、血流がドクンドクンドックンと跳ね上がる。

アスファルトを見続けたまま、

「木内くんと春園くんが……トモダチ……だから、だよね」

「そういうワケだ。……でもな」

一拍(いっぱく)置いてから、

「春園に報告された時、おれ、あいつと喧嘩になっちまって」

喧嘩!?

喧嘩……!?

ガバリ、と顔を上げる。上げざるを得ない。

木内くんの顔におかしな所は無い。腕にもおかしな所は無い。「喧嘩した」って彼は言ったけど、傷ついている箇所は無い。

「喧嘩っつっても、殴り合ったとか、そんなワケじゃ無くて」

木内くんはわたしの疑問を先取りするように言う。

「おれは、春園に、掴(つか)みかかったんだけどさ。それも、暴力といえば暴力か。……抑え切れなかったんだよ。春園が『不誠実』だって思いが、瞬間的に込み上げてきて」

「で、で、でもっ」

わたしは、懸命に、

「告白してきた娘(こ)を振ってしまう権利だって、告白された方には、あるじゃないの」

「『流れ』だよ。これまでの、流れ。『不誠実』だっておれが思ったのは、主に、春園のこれまでの態度に対して」

黙りこくってしまうわたし。

親友の男の子同士の喧嘩にまで発展しちゃうなんて。

いちばん意外だったのは、木内くんが怒った理由。チャラい男子のはずなのに、春園くんの態度が『不誠実』だとか、そういうキモチでもって、春園くんに掴みかかった。

他の男の子の女の子に対する姿勢には……厳しいんだ。

依然として流れるビートルズ

わたしも木内くんもその場から動かない。動けない。