【愛の◯◯】俳句を知らないしぐれちゃんが気がかり

 

「しぐれちゃん、お誕生日おめでとう!!」

「ありがとう、愛さん」

「電話でしかお祝いできなくてゴメンね」

「いいのいいの」

「しぐれちゃんも22歳か〜」

「あっという間だよね。愛さんと出会った時、まだお互い高校3年生だった」

「あなたは当時から大人っぽかったわよね」

「見た目はそうだったかもしれないね。『大人っぽい』って周囲から言われてたのは事実。でも、『中身』は全然だった」

「そう?」

「……そうなの」

「エッ、急に恥ずかしがってない!? しぐれちゃん」

「恥ずかしくもなるよ……当時を思い出すと」

 

× × ×

 

「しぐれちゃん、さっきみたいに急に恥ずかしがったり、そういうところ、とってもカワイイって思うわ」

「ほめられてるのかなぁ」

「ほめてるのよ。せっかくのお誕生日なんだし」

「アハハ。やっぱり敵(かな)わないな、愛さんには」

「ところで。10月12日っていうあなたのお誕生日なんだけど」

「?」

「時雨忌(しぐれき)ってコトバ、知ってる?」

「知らない」

松尾芭蕉の命日を時雨忌って言うの。陰暦10月12日。もしかしたら、あなたの『しぐれ』っていう名前、そこから来てるんじゃないかなーって」

「んー、それはどーかな」

「違うの?」

「お父さんもお母さんも、芭蕉の命日だとか、そんなに意識してなかったと思うよ」

「ホントぉ?」

「両親と俳句の話とかしたコトも無いし」

「『松茸や知らぬ木の葉のへばりつく』」

「え、えっ、えっ、いきなり何!? それ、俳句!?」

芭蕉の句よ。しぐれちゃん知らなかったでしょ、芭蕉にこんな句があるなんて」

「……流石に違うよね、教養のレベルが」

「あなたは出版社に就職して文芸誌の編集者になるんでしょう? 芭蕉の句は、最低でも100句は覚えておいた方が良いわよ」

「そんなモノかな。小説メインで、俳句専門誌とは違うし」

「わかってないわね〜〜」

「んん……」

「小説メインの文芸誌であっても、俳句の知識が役立つ時が絶対に来るから!」

「そっかぁ……。そういうモノかぁ。愛さんが言うんだから、そうなんだろうね」

「抜き打ちチェック」

「!?」

「『菜の花や月は東に日は西に』という句を詠(よ)んだのは誰でしょう?」

「えええっ」

「あと5秒以内に答えて」

「そ、そもそも、私、そんな句は今まで聞いたコトも見たコトも無かったし」

「ウソぉ〜〜」

「ほほホントっ」

「国語の教科書に載ってなかったのかな」

「たぶん、載ってなかった」

「ねぇ、わたしやっぱり、今日これから、しぐれちゃんのお家(うち)に行ってあげようかしら??」

「どうして!?」

「バースデーケーキ買ってきてあげるから。ケーキを一緒に食べた後で、個人授業。わたしがあなたの先生になるの」

「何の……授業、なのかな」

「決まってるでしょ、俳句よ俳句」

「俳句……。◯井いつきさんみたいに?」

「それは的外れ」

「的外れ!?」

「◯井いつきセンセイなんて、俳句の氷山の一角なんだから」

「……危ない橋渡るの、好きだよね」