【愛の◯◯】ほのかちゃんの男子2人への不満を受け止めていたら……。

 

川又ほのかちゃんと2人だけで喫茶店に来ている。

ブレンドコーヒーをグイッと飲んでからほのかちゃんは、

「あすかちゃん。愚痴(グチ)、こぼしても良い?」

「愚痴?」

「そう。約2名の男の子に対する不満」

ほほぉ。

「約2名かー。1人は利比古くんだよね。もう1人は誰?」

「丸田吉蔵(まるた よしぞう)くん」

「あー、ほのかちゃんの実家のカフェによく出入りしてるっていう」

なんでもわたしの兄貴を追いかけるようにしてボクシングジムに入って鍛えているらしい。ほのかちゃんから丸田くんと兄貴との接点を聞かされた時は驚いた。

だが、それはそうと、

「ほのかちゃんは丸田くんの俳句好(ず)きがいけ好(す)かない感じなんでしょ」

短歌派のほのかちゃん、俳句派の丸田くんという対比。短歌と俳句はうまく折り合えないらしい。

「そうそうそう。そーなんだよ」

ほのかちゃんがやや前のめりになる。

「この前ウチの店に来た時もヒドかった」

後藤夜半(ごとう やはん)という有名な俳人がいる。『滝の上に水現れて落ちにけり』という後藤夜半の極めて有名な俳句がある。丸田くんはその句がいかに素晴らしいのかを1時間以上にわたって語り続けたそうな。

わたしは苦笑いしつつも、

「スゴいじゃん丸田くん。1つの俳句でそんなに長時間語り続けられるなんて」

「こっちは迷惑だよっ」

ほのかちゃんのイラつく顔が可愛くて、思わず微笑(わら)っちゃう。

「わたし言ったんだよ。言ったの。『滝の上に水が現れて落ちるなんて当たり前じゃん』って。そしたら、そしたらね。丸田くん挑発みたいに人差し指を振って、『分かってないですね〜』って。それから気色悪い満面の笑顔で、『客観写生とはまさにこういう句のコトを言うのです!』って……!」

「アハハ」

「こ、こっちは全然面白くないんだよ!? 丸田くん『全身ホトトギス』みたいな感じで、ひとことで言って鬱陶しいの。『全身ホトトギス』ってのは、ほら、高濱虚子の『ホトトギス』って俳句雑誌があって、客観写生の牙城みたいな……」

「ほのかちゃんほのかちゃん、息切れしそうになってるよ」

前のめりをやめ、椅子の背もたれにピタッと背中をくっつけ、眼を閉じて息を整える彼女。

「つまり、アレなんだね」

わたしは、

「『丸田くんに俳句でハラスメントされてる』みたいに思ってるんだ」

ほのかちゃんは、

「……そうだよ。そんな感じ。正岡子規に訴えてやりたい」

今日のほのかちゃん、面白い。

ので、

「利比古くんに対する不満もあるんでしょ? わたしお代わりのコーヒーおごってあげるよ。お代わりコーヒー飲みながら存分に話してよ。利比古くん批判にはスゴく興味あるから」

 

× × ×

 

おごってあげたお代わりコーヒーのカップをコトンと置いた途端に、

「デートしたの」

とほのかちゃん。

まあ、するよね、デート。

彼女と彼はそういう関係なんだから。

「映画館に行ったの」

ほのかちゃんは続ける。

山下敦弘(やました のぶひろ)っていう映画監督知らない?」

「あ、名前聞いたコトある」

「映画館で山下敦弘監督の特集みたいなのがあったの。監督作品を3本立て続けに上映する企画で、わたし山下監督の映画好きだったから行きたかったの」

「利比古くんも誘って、隣同士で観たんだね」

「誘わなかった方が良かったかもしれない」

「えっ? 利比古くんが退屈して、上映中に居眠りし始めちゃったとか?」

ほのかちゃんの眼が大きく見開かれ、

「どうしてわかるのあすかちゃん!? ドンピシャだよ」

ドンピシャだったかー。

邸(いえ)で利比古くんと一緒に暮らしてるから……なのかな。

分かりすぎるぐらい彼のコト分かっちゃってるんだろうか。

ほのかちゃんとは違った意味で、分かりすぎちゃってる。

なんかそれって、ほのかちゃんに悪いかも……。

「横で居眠りされちゃったから困って焦ったの」

おっと。

ほのかちゃんの報告は続いている。

「空席も結構あったし、彼の寝息もうるさくはなかったし、周りへの迷惑の心配はあまり無かったんだけど」

「だけどマナー違反だよね。それに山下監督にも失礼じゃん。わたしが彼の隣に座ってたら、腕をギューッとつねって起こすと思うよ。『なんで真剣に映画が観られないの!?』って気持ちを込めて、腕、つねっちゃうと思う」

「わたしは、彼の居眠りに気付いた時は困って焦ったけど、次第にガッカリしてきちゃって……。『彼の趣味に合わなかったのかな』っていう気持ちと同時に、『なにも居眠りまでしなくたって良いじゃん』っていう憤り混じりの失望も」

「終わった後でお説教した?」

「なんにも言わなかった」

「エーッなんで」

「彼が喋っても生返事しかしなかった。そうすることで、わたしのガッカリを表現したんだけど、お説教はできなかった。する気になれなかった……ってのが実情かな」

「わたしの方から利比古くんにクレーム入れよっか?」

「あすかちゃんから?」

「例えば、邸(いえ)の利比古くんの部屋にノックせずに突撃して、彼を正座させて、1時間半ぐらいひたすら説教するの。それぐらいの制裁は必要だと思うよ」

ほのかちゃんが少し下向き目線になった。

少し縮こまり、わたしに応答してくれない。

微妙な沈黙。

わたしのコトバが……マズかった!?

「ほ、ほのかちゃーん??」

呼び掛ける。

すると、彼女は下向き目線のままに、

「あすかちゃんは、ノックもしないで、利比古くんの部屋に入っていけるんだね」

「う、うん……」

コトバを溜めるようにしてまたもや彼女が口を閉じた。

下向き目線、持続。

なおかつ、微妙過ぎる、苦笑い。

戸惑いが加速するわたし。

「わたしだったら」

ぽそっ、と呟きみたいに彼女が声を発し、それから、

「利比古くんの部屋に入りたい時は……必ず、彼に許可をとってから、入るよ」

と言う。

わたしの戸惑いが胃に染み込んでくる。

胃の痛みを伴う、『微妙過ぎる』を通り越した沈黙が、到来してくる……。