【愛の◯◯】「針」

 

川又ほのかちゃんがお邸(やしき)にやって来た。

「今週2度目だね、ほのかちゃん」

「そうだね。月曜日にも来た」

「なんだか、おねーさんとギクシャクしてたみたいだけど……」

「うん。羽田センパイとケンカした」

定義が『ケンカ』なんだ。

「だけど、ちゃんと仲直りできたから。後味は良かった」

とほのかちゃん。

「あのね」

と言い、首筋をポリポリと掻きながらわたしは、

「昔は、わたしも、おねーさんと……結構な頻度で、ケンカになっちゃってて」

「知ってるよ」

「……知ってるか」

「あすかちゃんと羽田センパイ、通じ合ってるからこそ、すれ違うときもあったんでしょ」

通じ合ってるからこそ、すれ違う。

フムム。

「ゴメンゴメン、難解なこと言って」

 

× × ×

 

ほのかちゃんにとっては幸せなことに、今日は利比古くんもお邸(やしき)で過ごしている。

ほのかちゃん・利比古くんペアのために、ダイニング・キッチンから2人分のコーヒーとお茶菓子を運んでくる。

当然のことながら、2人はソファで隣同士。

ゼロに近い距離感。

わたしは、2人のジャマをしないように、大きな音を立てないよう気をつけて、ソファ前のテーブルにコーヒーとお茶菓子を置く。

「ありがとう、あすかちゃん」

「どーもどーも」

「ありがとうございます、あすかさん」

「きちんと感謝してくれて嬉しい」

わたしは利比古くんの眼に向かってそう告げた。

利比古くんがドギマギする。

ほのかちゃんが笑いをこらえ切れなくなる。

 

すみやかにその場から遠ざかるわたし。

2人はCM雑誌を話のタネに会話中。

『このCMモデルの子可愛いね。わたし嫉妬しちゃう』

『川又さんもずいぶん直球に言うんですね』

『だって、わたしより可愛いんだもん。背も高いし。ほら、164センチって書いてあるじゃん。わたしの10センチ上』

『身長差で劣等感抱かなくても』

『え~~っ。わたしの羨ましさ、もっと共感してほしい~~』

 

× × ×

 

仲睦まじい。

 

――つきあってるんだもんね。

 

× × ×

 

夕方にほのかちゃんは帰っていった。

 

「一緒に駅まで行くぐらい、すればいいのに」

2人が仲睦まじかったリビングに再びやって来たわたしは、利比古くんをそうたしなめる。

「それもそうでしたね」

「ないなーっ」

「え??」

「利比古くんの心配りの無さが、あり得ない」

「ん……」と下目づかいになってから、

「確かに、送っていくぐらいは、すべきですよね。次から善処します」

「そう言っといて善処しないのが、利比古くんの伝統芸」

「ひ……ヒドくないですか」

「そんなんだから、女の子を泣かせる」

「なななっ」

利比古くんから向かって右斜め前のソファに腰掛けたわたし。

着座したわたしの顔を、彼は凝視してくる。

しばらくして、

「ぼ、ぼくにだって、デリケートな、過去が」

「触れられたくないし、認めたくもない、と」

「……そうです」

「それは申し訳無かった」

と言いつつも、

「特に反省とかはしないけど、とりあえず謝る」

また、彼がわたしを凝視する。

わたしの視線は、彼のうろたえた口元に行く。

なんだかカワイイ。

カワイイって思うってことは、くすぐったいキモチになっちゃうってこと。

 

……なっちゃったら、いけないんだけどね。

ホントは。

 

× × ×

 

秘伝のタレを使用して作った野菜炒めがメインおかずの夕ごはんを食べた。自分の食器だけを洗って片したあとで、ダイニング・キッチンを出て、自分の部屋に行くための階段をのぼった。

ベッドに座って3秒後に、溜め息をついた。

それから某ポ◯ポ◯プリンの巨大なぬいぐるみを抱きしめた。

それからそれから、プリンを手放して立ち上がり、ミッシェル・ガン・エレファントのメジャーデビューアルバムをCDラジカセで流し始めた。

もちろんチバユウスケさんを追悼するためだ。

忌野清志郎は、享年何歳だったっけ』

些末なようで些末でないこんな疑問を抱きつつ、アルバムを最後まで聴き通す。

 

また無音になった。

今日という1日を反省してみる。

今日の主役は紛れもなく、邸(ウチ)にやって来てくれたほのかちゃんだった。

ほのかちゃんと利比古くんはつきあっているから、ソファで隣同士になって、互いに身を寄せ合って、本当に仲良くCM雑誌を読んだりして楽しんでいた。

わたしは完全なる第三者だった。

三者「だった」し、第三者で「あり続ける」。

でも。

 

横向きにベッドに寝転ぶ。

そしてこう思う。

『これまでだったら、第三者であっても平穏だった。2人のやり取りが微笑ましくて、波風なんか立たなかった。そう、わたしの胸の奥に、波風なんて……。

 だけど、わたしの不都合が起点になって、わたしと利比古くんとの関わり合いが、明確に深くなった。

 たしかに、わたしは『第三者』を、続ける。だけど、『第三者』の『一線を越えた』介入を、ここ数ヶ月間で、わたしは少なからず……。』

秘密にしようね、と、利比古くんとは約束しているのだ。

だれに? もちろん、ほのかちゃんに。

『テリトリー』を侵してしまったこと。侵(おか)すことで、犯(おか)してしまったこと。

罪悪感が周期的にやって来ることをわたしは認める。

太めの針。

注射針よりも太めの針。

そんな、眼には見えることのない針が、わたしの胸にぶっ刺さる。

 

『チクリとした痛み』だとか、そんな生易しい痛みじゃない。