【愛の◯◯】ストリートピアノの帰結として◯◯

 

愛すべき後輩の川又さんとケンカしちゃったけど、無事仲直りできた。

大人げなかったな、わたし。

反省ね。

 

『今度、川又さんに美味しい料理を食べさせてあげよう』というようなことを考えながら、大学でお勉強をしていた。

 

× × ×

 

大学近くの街の一角に、ピアノが置かれている。

いわゆる「ストリートピアノ」である。

だれも弾かないので近づいてみる。

鍵盤を見たら弾きたくなってきちゃった。

本ブログで以前も強調した通り、チヤホヤされるのはあまり好きじゃない。

ピアノの演奏技術には自信があるから、弾き始めたら周りの注目を集めるのは眼に見えている。

それでも鍵盤の誘惑には勝てなかった。

チヤホヤされるの覚悟で、ストリートピアノの前に着座する。

自然とわたしの指は動いていた。

 

× × ×

 

1曲目を弾いているときから既に見物人は集まってきていた。

2曲目で聴衆が倍増した。

3曲目で聴衆がさらに倍になった。

歩行者天国になっているからクルマなどに気を遣う必要も無く、人々がまさにワラワラと寄ってきてしまっている。

混沌とした混雑ぶり。人だかりが出来すぎて、引くに引けず、弾き続ける以外の選択肢が無くなる。

曲を弾き終えるたびに拍手が大きくなって困り果てていたら、ぴっちりとした容姿の初老の男性が歩み寄ってきて、いきなり名刺を差し出してきた。

スカウト!?

「あ、あのっ、わたし、演奏会に出たりとかには、あんまり前向きではなく……」

「前向きになったら、ぜひわたくしの連絡先に」

初老の男性が押してくる。

名刺を受け取るだけ受け取って、逃げる決意をして、ピアノの前から立ち上がる。

トンズラのわたしの背中に、

『良かったよ!! とっても良かった』

『またここに来て弾いてほしいな!!』

『今この瞬間、わたし、あなたのファンになった!!』

という声が浴びせられる。

めでたくチヤホヤされちゃった……。

 

× × ×

 

「ストリートピアノは、もう懲り懲りだわ」

夕食の席。今日の件の一部始終をアツマくんに話している。

カボチャの煮物を箸でつまんで、

「鍵盤の誘惑に負けたわたしが甘かった」

「でも、拍手されると嬉しいんでねーの?」

黙ってわたしはカボチャをモグモグ。

「もう懲り懲りなんて言わずに、ストリートピアノ見かけたら積極的に弾いてみればいいじゃねーか。マンションだと楽器はなかなか鳴らせないし」

「チヤホヤされるたび、つらくなるのよ」

「ふーん」

ウーロン茶をぐび、と飲んでから彼は、

「おれにチヤホヤされるのは、どーなんだ?」

それは……その……。

「あなたのためにピアノを弾いてあげるのとは、完全に別問題」

「ホントに別問題なのか」

「別問題なのよっ!! 大切な人のために弾くのとは、シチュエーションが違いすぎるでしょ」

「嬉しいなあ」

「な、なにが!?」

「おれのこと、『大切な人』って言ってくれて」

……言うわよっ!!

「なんだか頭の中がこんがらがってきたじゃない。わたし混沌とした混乱にハマり始めてるから、食器は全部あなたが洗ってくれないかしら!?」

「愛」

「なんですかっ」

「おまえ面白いな」

「おだてないでよっ」

「おだててないから」

そう言って彼は卑怯なまでの苦笑い。

 

卑怯なまでの苦笑いはムカついたけど、わたしの言った通りに、アツマくんは食器を全部洗って拭いて片してくれた。

アツマくんの作業の傍らでコーヒーを作っていたわたし。例によってなにも足さないホットコーヒーをダイニングテーブルで飲んでいき、

「わたしが川又さんとケンカした話、まだしてなかったわよね?」

「ケンカしたのかよ」

「したの」

キャットファイトか?」

「おバカ!! みだりに『キャットファイト』なんて言うんじゃないの」

「なにがケンカのきっかけだったのさ」

わたしは全部を説明。

「ふむーっ」

気の抜けたリアクションでアツマくんは、

「ヒトコトで、微笑ましい」

と。

「わたし大変だったのよ。ほのかちゃんにスキンシップするのも、一種の『賭け』だったんだから……」

「おいおい愛さんよぉ。いつの間にやら川又さんが『ほのかちゃん』呼びになってるぜよ」

「結果的にお互い抱きしめ合って、絆が深まったから良かったものの」

「あのー、おれのツッコミ、耳に入れてますかー」

「入れない。」

「ちぇーっ。いつもながら素直じゃない!」

アツマくんはリビングのソファに移動しようとしている。

そうはさせじと、

「ちょっとストップして! アツマくん」

「はぁ!? ストップ???」

クエスチョンマークを3つも重ねないで。お願いだから立ち止まって」

彼は苦笑しつつ、

「お望みとあらば」

と、立ち止まってくれる。

わたし専用マグカップの中身を放っておいて、椅子から立ち上がり、彼の背中まで行く。

リビングのカーペットの端っこに立っているアツマくん。

その、背中に、

「ほのかちゃんとのスキンシップも重要だけど、あなたとのスキンシップも重要なんだからね」

と早口で告げて――それから、抱きついていく。

背中をハグ。

離したくない。

今夜のわたしのハグは、『ムギューッ』っていう擬音がピッタリだと思う。

自分で自分のスキンシップを冷静に分析しつつ、

「あなたのガッシリした背中……大好きよ」

と、甘えながら、彼の体温をわたしのモノにしちゃう。