「アツマくんがきのう読み始めた本を紹介しようと思います。
『闘う図書館』という本で、副題が『アメリカのライブラリアンシップ』。
著者は、豊田恭子さん。
レーベルは、筑摩選書。
2022年10月に出たばっかりの本」
「や、愛よ、だれ向けの紹介なんだ、それ」
「だれ向けだっていいでしょ……」
「そんな投げやりな」
「投げやりじゃないっ!」
「ハハッ」
「な、なにその笑い。新年早々、ふざけないでよね……」
「わーったわーった」
「アツマくん。あなたがふざけすぎるようだと、読書レポートを書かせるわよ!?」
「字数は」
「12000字」
「おーい、じょーだんがきついぞー」
「き、きつくないもんっ……」
× × ×
なにをやっているのやら。
まさしく茶番なやり取りをしてしまって、目眩(めまい)がしてきそう。
ソファに背中をひっつけ、眼を閉じる。
「おいおーい、だいじょーぶかよっ、愛さんよぉ」
「アツマくん。全部、あなたのせい」
真向かいのソファに座る彼を罵倒するぐらいの気力はある……。
眼を閉じて休んでいたら、
「……疲れちまったか?」
と、幾分マジメな、彼の声。
「ええ。疲れたわ。責任取って」
要求のわたし。
『そういえば、年が明けてからわたし、まだ、アツマくんに甘えたりしてない……』
そんな想いもあったりする。
甘えさせてよ……と声に出して要求するのは、あんまりにもあんまりなので、
「どうにかして、わたしを回復させてよね」
と言うにとどまる。
言い回し、少し不自然だったかも……と眼を閉じながら反省していると、
「わかった。」
力強さのこもった声で、アツマくんが言った。
彼がソファから腰を上げるのを察知する。
勢いをつけて、わたしの左隣に座ってくる。
眼を開けて、間近の彼の顔を見上げる。
もうその瞬間から……わたしの疲れは、癒(い)え始めている。
× × ×
1時間ぐらい甘えちゃった。
× × ×
グランドピアノの前に久々に座っている。
「アツマくん」
「なんだい」
「ありがとね」
「なんだよー。感謝なら、さっきもうされた」
わたしは黙って鍵盤の調子を確かめる。
「これが、今年の、弾き初(ぞ)め」
とわたし。
「弾き初め、か」
とアツマくん。
「言うまでもないことなんだけど。わたし、音楽が好きで、ピアノが好き」
「うむ」
「――あなたのことは、もっと好きだけど」
「なんじゃあ、そのデレかたは」
彼に反発する代わりに、鍵盤をジッと見る。
それから、
「リクエストして、2分以内に」
「2分以内?」
「2分以内!」
――1分と経たずに、彼は、
「ASIAN KUNG-FU GENERATIONの、『橙』って曲、わかるか」
「わかるに決まってるじゃないの。『マジックディスク』っていうアルバムに入ってる」
「驚異的な記憶力だな、いつもながら」
「ほめてるの」
「ほめてるさ」
「……嬉しい」
「ま~た、デレやがって」
からかう彼。
なぜだか、彼のそのからかいまでもが、嬉しい。
× × ×
嬉しすぎる状態で弾いたから……ところどころ、ミスっちゃった。
ケアレスミスなんだけどね。