【愛の◯◯】2023 弾き初(ぞ)め

 

「アツマくんがきのう読み始めた本を紹介しようと思います。

『闘う図書館』という本で、副題が『アメリカのライブラリアンシップ』。

 著者は、豊田恭子さん。

 レーベルは、筑摩選書。

 2022年10月に出たばっかりの本」

「や、愛よ、だれ向けの紹介なんだ、それ」

「だれ向けだっていいでしょ……」

「そんな投げやりな」

「投げやりじゃないっ!」

「ハハッ」

「な、なにその笑い。新年早々、ふざけないでよね……」

「わーったわーった」

「アツマくん。あなたがふざけすぎるようだと、読書レポートを書かせるわよ!?」

「字数は」

12000字

「おーい、じょーだんがきついぞー」

「き、きつくないもんっ……」

 

× × ×

 

なにをやっているのやら。

まさしく茶番なやり取りをしてしまって、目眩(めまい)がしてきそう。

ソファに背中をひっつけ、眼を閉じる。

「おいおーい、だいじょーぶかよっ、愛さんよぉ」

「アツマくん。全部、あなたのせい」

真向かいのソファに座る彼を罵倒するぐらいの気力はある……。

眼を閉じて休んでいたら、

「……疲れちまったか?」

と、幾分マジメな、彼の声。

「ええ。疲れたわ。責任取って」

要求のわたし。

『そういえば、年が明けてからわたし、まだ、アツマくんに甘えたりしてない……』

そんな想いもあったりする。

甘えさせてよ……と声に出して要求するのは、あんまりにもあんまりなので、

「どうにかして、わたしを回復させてよね」

と言うにとどまる。

言い回し、少し不自然だったかも……と眼を閉じながら反省していると、

「わかった。」

力強さのこもった声で、アツマくんが言った。

彼がソファから腰を上げるのを察知する。

勢いをつけて、わたしの左隣に座ってくる。

眼を開けて、間近の彼の顔を見上げる。

もうその瞬間から……わたしの疲れは、癒(い)え始めている。

 

× × ×

 

1時間ぐらい甘えちゃった。

 

× × ×

 

グランドピアノの前に久々に座っている。

「アツマくん」

「なんだい」

「ありがとね」

「なんだよー。感謝なら、さっきもうされた」

わたしは黙って鍵盤の調子を確かめる。

「これが、今年の、弾き初(ぞ)め」

とわたし。

「弾き初め、か」

とアツマくん。

「言うまでもないことなんだけど。わたし、音楽が好きで、ピアノが好き」

「うむ」

「――あなたのことは、もっと好きだけど」

「なんじゃあ、そのデレかたは」

彼に反発する代わりに、鍵盤をジッと見る。

それから、

「リクエストして、2分以内に」

「2分以内?」

「2分以内!」

――1分と経たずに、彼は、

ASIAN KUNG-FU GENERATIONの、『橙』って曲、わかるか」

「わかるに決まってるじゃないの。『マジックディスク』っていうアルバムに入ってる」

「驚異的な記憶力だな、いつもながら」

「ほめてるの」

「ほめてるさ」

「……嬉しい」

「ま~た、デレやがって」

からかう彼。

なぜだか、彼のそのからかいまでもが、嬉しい。

 

× × ×

 

嬉しすぎる状態で弾いたから……ところどころ、ミスっちゃった。

ケアレスミスなんだけどね。