丸田吉蔵(まるた よしぞう)くん。川又さんと同学年の大学生で、川又さんの実家の喫茶店『しゅとらうす』に頻繁に出入りしているらしい。
俳句大好きな丸田くんと、短歌大好きな川又さんは反(そ)りが合わないとか。
「とにかくうるさいんですよ。高濱虚子を崇めてるから、『客観写生』だとか『花鳥諷詠』だとかいつもいつも言ってて……」
愚痴る川又さんに、わたしは、
「でも、もう少し距離を詰めたっていいんじゃないの?」
しかし川又さんは眼を見開いて、
「どうして詰める必要あるんですか!?」
彼女の勢いに驚きながらも、わたしは、
「ほ、ほら、短歌と俳句、フィールドが違う者同士、価値観を理解し合って、相互理解を深め合って……」
しかししかし、川又さんは眼を逸らし、
「羽田センパイは丸田くんに会ったことがないから分からないんですよ」
え。
川又さん、スネちゃった?
「会ったことないんだから、彼のウザさなんか、分かりっこないでしょっ」
わたしは困惑しつつ、
「も、もーちょっと、わたしのほうを向いて話してくれないかなー、川又さーん」
だがしかし、
「……」
と、なにも言ってくれない彼女。
「ほのかちゃーん? そんなに顔を逸らさないでー??」
そう言うんだけど……彼女は、ギザギザした口調で、
「下の名前で呼んで懐柔しようったってムダですよ」
えっ。
なにそれ。
なによ、それ。
「『懐柔』って……なに。わたし、そんなつもりない」
「わたし、丸田くんにもイライラしてますけど、羽田センパイにもイライラし始めちゃってます!!」
強い反発。
勝ち気なわたしは、彼女の明確な反発に、ムカムカとし出してしまって、
「センパイに対してそういう態度はないんじゃないの!? ねえっ!!」
「そういう態度って、どういう態度ですかっ!?」
「そんなふうにして反発するの、わたしはキライなのよっ。キ・ラ・イ!!」
× × ×
まったく眼が合わせられなくなってしまった。
殺伐とした空気、流れっぱなし。
ギスギスしっぱなしで、なおかつ2人きりの、お邸(やしき)のリビング。
ブラックコーヒーに口をつけたら、冷めていた。
ブラックコーヒーの冷たさにも不快感を覚えていたら……トコトコと、向こうから、利比古がわたしたち2人の前に。
絶賛ケンカ中のわたしたちを眼にして、
「どうしたの。お姉ちゃんも川又さんも、ただならぬ雰囲気で」
「……」となにも言えないわたし。
「利比古くん。わたしとセンパイに構わないで」と苛立った口調で言うわたしの後輩。
「ケンカですか?」と利比古。
「そんなところ」とわたしの後輩。
「珍しいですね」と利比古。
「そう。珍しいから、たぶん長引く」と後輩……。
「川又さん!? わたし、わたし、長引かせたくは……」
「センパイは、収拾つくとお思いで?」
「ななっ」
思わず後輩のほうを見たら、後輩がさらに顔を背けた。
イケメンな苦笑いの利比古。
助けてくれず、場から歩み去ろうとする。
なにか言ってくれてもいいのに。
弟が、優しくない……。
× × ×
イヤだ。
イヤだ、イヤだ。
こんな空気を長引かせたくない。
ケンカしたまま川又さんが帰っちゃうじゃないの。
この場で。
この場で、どうにかして仲直りがしたい。
そのためには。
センパイのわたしから、歩み寄るしかない……。そうよね。
川又さんの背中。
小さい背中で、可愛い。
……そんなこと思ってる場合じゃ、なくってっ。
「ほのかちゃん。」
できるだけ優しく、呼んでみる。
「なれなれしーですよっ?」
反発。
でも、予測の範囲内で。
「うん。わかってる」
背中に、徐々に近づいて。
「でも」
ゆるりゆるりと、前のめりになって。
「あなたのセンパイとして、言うべきこと、あるから」
「なにを……」
そう後輩が呟いた瞬間。
背中からギュッと、抱きしめて、
「ほのかちゃん、ごめんね……」
と、謝ってあげる。
「……」
ほのかちゃんは、戸惑いの無言。
「わたしが怒り過ぎた。良くなかった」
そう言ってあげて、おでこで肩をスリスリ。
ほのかちゃんって、こんなにフニっとしてたっけ……と思っていたら、
「わ、わたしのキレかたも、無礼だったですから!!」
「こらこら」
苦笑して、さらに優しく、
「『無礼』なんてコトバ、使わないで」
ほのかちゃんはしばらく硬直していたけど、
「こっちこそ……ごめんなさいでした、ごめんなさいでしたっ」
と、震え混じりの声で言ってきて、わたしのほうに向いてくれて、
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
と一気に謝って、
「なかなおり……してくださいっ、わたし……いくらでも、あやまるからっ」
と……わたしのあまり誇れない胸に、顔を埋めてくる。
「よしよし」
わたしは、受け止めて、
「偉い偉い。いい子いい子、ほのかちゃん」
と、大好きな後輩に、言ってあげる。