【愛の◯◯】わたしに言うクボ クボに言えないわたし

 

わたし日暮真備(ひぐらし まきび)。

都内某法科大学院の1年生。

岡山県倉敷市出身。

身体的特徴は、小柄。趣味は、寝ること。

ま、自己紹介はそんなとこで。

 

× × ×

 

偉大なるOGとして君臨している「漫研ときどきソフトボールの会」のサークルのお部屋で爆睡していて、とっても心地良かった。

スッキリ爽快な気分で目覚め、ムクリ、とカラダを起こす。

大学2年生の後輩男子が2人。

「あーっ、『みゆきち』じゃーんっ☆」

手始めに声を掛けたのは、幸拳矢(みゆき けんや)くん。名字が幸(みゆき)だから、『みゆきち』と呼ばせてもらっている。

「ぼくの名字は沢城でもなんでもないんですよ? わかってるんですか? わかってるんですよね? 日暮さん……」

「そんなこと、重々承知してるから」

はーっ、と彼は溜め息をついて、

「ずいぶん気持ち良さそうに寝ておられましたね」

「エアコンがちょうど良かったんだよ」

そう言ってから、『みゆきち』の肩に手をスーッと伸ばし、優しくポォンポォンと叩いて、

みゆきちぃ。日曜出勤ご苦労さまだねえ」

「いいいいきなりなんですかっ」

「日曜出勤とは。声優ファンの鑑(かがみ)だ。ウン」

「日暮さん、不可解なことをあんまり言わないでくれませんか!?」

 

構うことなく、視線を今度は、和田成清(わだ なりきよ)くんに移す。

成清くんのほうは、未だに相応しきニックネームを定めることができていない。

この場で考えてあげようか? せっかくだから。

「あ、あの……日暮さん? どーしたんすか? いきなり物思いに耽るような仕草になって……」

「成清くん、キミの言う通り、わたしは絶賛思案中なのだ」

「なにをですか!?」

朗らかにわたしは笑い、

「決まってんじゃ〜ん。成清くんの正式ニックネームを考えてるんだよっ」

「に……ニックネーム……。しかも……『正式』って」

 

顔面蒼白な成清くんを堪能し始めるわたし。

しかし、ここでガターッとお部屋のドアが開く音……。

 

× × ×

 

久保山克平(くぼやま かつひら)。

本サークルの偉大なるOBで、わたしと同期。わたしは常に『クボ』と呼んでいる。

身体的特徴は、図体のデカさ。まあ包み隠さず言えばポッチャリ男子だ。

 

わたしはクボに叱られるかと思ってちょっと怖かった。

「真備、どーもおまえ、後輩クンたちを威圧してたみたいだな」

クボの直球のコトバ。

ピシャリと言われたわたしは、

「威圧、とはちょい違う気もするけど。確かに、後輩クンたちをからかい過ぎてたかもね」

「んんっ? 真備おまえ、いつもよりなーんか素直じゃないか」

わたしは苦笑して取り繕って、

「……クボ。ちょいとわたしと、お外、歩かない?」

「はぁ!? 入室したばかりなんだぞおれは」

「わかってる。わかってるんだけど、だけども……わたし、昼寝から目が覚めたばっかりで、外の空気が吸いたくなって」

 

× × ×

 

で、お外、出た。

 

「そろそろ帰省シーズンだね」とわたし。

「おまえより辺鄙な地元に帰らんといけんのだよな」とクボ。

「山陰地方をそんな悪く言うもんじゃないよ」

「別に嫌いなわけじゃない。ただ、新幹線と特急を乗り継いで帰ると、グッタリする」

「飛行機があるじゃん。米子空港までひとっ飛びじゃん」

しかしクボは、意味深な流し目。

「なに? クボもしかして飛行機苦手なの? 割りに臆病!?」

なぜかクボはこほん、と咳払いしてから、

「電車で帰省のほうが……道中で、長く漫画が読めるだろ」

えええ。

全然理由として妥当じゃなーい。

「クボも、変なリクツをこねくり回すもんだねえ」

ニヤけて、からかうように言ってみる。

しかし、クボの口から唐突に、

法科大学院の勉強は、どうだ?」

という問いが。

焦ってしまう。

焦って、焦り過ぎるあまり、わたしはピタッと立ち止まってしまう。

「そ、そ、そこそこだよ。アハハ」

声を絞り出す。

「そこそこに、頑張らないと、実家もウルサイんだよねーっ」

そう言って、自分の頭髪をポリポリ。

クボは、

「ふーん」

と呟き、前方をまっすぐ見据えて、

「おれも、大学院では、そこそこだ」

と言って、それから、

「ところで」

と言って、

「おまえは、きょうも、ちっちゃいな。あたりまえだが。おまえはいつでもコンパクトだ」

と、わたしの体型のことを言ってくる。

 

……わたしは立ち尽くしてしまう。

 

× × ×

 

言えなかったことがあった。

『見てしまった』こと。それが、言えなかった。

わたしが、なにを目撃したかというと……。

 

……ううん。

 

しまっておこうか。

クボにまつわる、わたしが目撃してしまったこと。

ココロに収納しておくのも、それはそれでツラいし、『痛い』んだけどね。

読者の皆さんに明示するのも、次の機会。