土曜日。午前10時を過ぎた頃、葉山むつみがわたしのマンションにやって来た。
葉山は荷物を置くやいなや、
「元気かしら? 小泉」
「どうにかやってるよ」
冷蔵庫から飲み物を出しながらわたしは答えるんだけど、
「そうね。どうにかやってそうよね」
と言った葉山が、しげしげとわたしの顔のあたりに視線のビームを伸ばしてきて、
「お肌の具合も良好だし」
とか発言してくるのである。
「どーゆーイミなの……葉山」
「うろたえてる、うろたえてる、小泉って面白い」
わたしのうろたえを葉山は意に介さない。
少しは意に介して!?
× × ×
「はい、メロンソーダ」
投げやり気味の口調でテーブルにメロンソーダが入ったコップを置くわたし。
優雅に床座りの葉山は、
「おいしそ~う」
ハイハイそーですか。
「ねーねー、小泉『先生』」
「なに!? 『先生』呼びなんて、おちょくるつもり!?」
「え、小泉、あなたが高校の先生であるのは厳然たる事実で」
面倒くさくなってきたので、
「わかったわかった。『先生』を付けて呼んだっていいから。早いとこ、葉山の言いたいことを教えてよ」
「わたしキョウくんとのノロケ話をしたいのよ」
なにそれ……。
わたしはにわかに頭が痛くなって、
「新婚さん的な5チャンネルの番組じゃないんだから」
「5チャンネルって、テレ朝?」
「そーだよ。制作してるのはテレ朝じゃなくて、大阪のABCテレビだけどね」
「出た出た、小泉のテレビ豆知識」
「豆知識じゃないよっ、こんなの」
「社会人になっても、放送マニア~~」
「あーもう葉山ッ!!!」
× × ×
勤労感謝の日に、幼なじみのキョウくんの家まで行った。
そこで珍しく彼とケンカしちゃったけど、頑張って仲直りした。
仲直りしてからは、それはもう仲睦まじく……。
仲直りしたあとのイチャつきぶりを葉山が事細かに描写し出したあたりから、頭痛の度合いが増していった。
葉山の「描写力」が無駄に高くて、頭がズキズキする。
さすがにわたしの異変を感知したのか、話すのをいったん停(と)めた葉山が、無駄に美人な微笑み顔で見つめてくる。
それから、
「ホントだよっ」
「頭痛いの? 頭痛薬持ってきてるけど、飲む?」
「余計なお世話!」
クスクスと笑う葉山。
まったくまったくまったくっ。
「あんたとキョウくん、どんな新婚ホヤホヤのカップルよりも、ホヤホヤだよね!!」
そう言ったらなぜか顔を赤くして、
「……」
とわたしを凝視するばかりの葉山。
いったいなんなのかなっ。
置き時計を見た。
あっという間に時間は経ち、着実に針が正午に迫っている。
バァァッ、とわたしは立ち上がった。
「え、え、わたしから逃げないで、小泉……」
「バカなの!? 逃げるわけないじゃん」
「だったら、どうして急に立ち上がったの」
「エプロン」
「??」
「だーかーらー、エプロンっ!! わたし、エプロンつけたいのっ!!」
「……うそおっ」
ちょっと待ってください、葉山さん!?
その驚きぶりは、なーに!?
「わたしがエプロンつけようとするのがそんなに衝撃!? 料理ぐらいするよっ、料理もするし、掃除も洗濯もちゃんとする。ひとり暮らしなんだよ? そんなに家事が出来ないオンナだって認識だった?」
絶句の、葉山。
絶句に構わず、クルリとキッチンを向き、
「見ててよ。あんたの分の昼ごはんもちゃーんと作ってあげるから」
と言い、歩き出す。
しかししかし、どうしたことか、葉山がわたしにペタペタとついてくるではないか。
「な、なにしてんの。あんたは座って見てくれてれば……」
「だって黙って見てられないでしょ」
早くエプロンをつけたいのに、袖を握ってくる。
振り向けば、哀願するような表情で、
「手伝ってあげたいのよ……小泉の、花嫁修業」
その場に崩れ落ちるしかないわたし……。