さて、きょうも、葉山といっしょにバイトするお時間だ――と思っていたが、
葉山の顔色が、なんだか冴えないことに……わたしは、気づいた。
「葉山」
「えっ、八重子…なに?」
「……」
「な、なんでわたしの顔、のぞきこむの」
「……ねえ、葉山」
「う、うん、」
「あんた――調子、悪いでしょ」
「そっ、そんなこと……ないよ。ないって。」
典型的な、強がりの、証拠。
葉山の左肩に、右手をとん、と置いて、
「強がらないんだよ。葉山」
「つつつ強がってないもん」
「なんだか……反発する声にも、元気がないじゃん」
「あ、あるよぉっ」
「ウソだね」
「や、八重子ぉ」
「ズバリ、寝不足」
「――どうしてわかったの」
「ほらぁ~~」
くちびるを噛みしめる葉山。
ちょっとカワイイ。
わたしはこういうふうに断定する。
「夜中に眼が覚めた。それからずっと起きてる。睡眠時間が足りてない」
黙りこくる葉山。
やっぱり。
「図星なんだね。いま、わたしの指摘が、あんたにズボーッと突き刺さってる」
はい、なにも言い返せない。
「…そりゃー、顔色に出るよ。リズム、崩れちゃうと」
うつむき気味に、葉山が、
「わたしが……抜けたら、抜けちゃったら、八重子やおじさんの、負担が」
「バカ言わないの」
「バカ言ってないからっ」
「マスターとわたしで、なんとかできるから!」
不安に満ちた眼で、
「……ほんとうに?」
「――ぶっちゃけ、お客さんがわんさか来るわけでもないし」
「……」
「だから――、大人しく休んでちょーだいよ、葉山さぁん」
真下を向いて、ためらう。
しょーがないったらありゃしないっ。
問答無用で――葉山の腕を、強めに引っぱる。
× × ×
半ば強引に、マスターの用意したベッドに、座らせる。
「ほら、エプロン、外す」
「……」
「仕事に未練があるのはわかるよ?
でも、いまのあんたには休息のほうが大事なの。
だいたい、あんたはがんばりすぎるんだからさ」
「でも…」
「でも、じゃないっ」
往生際の悪い葉山に、
「…何年間、あんたとつきあってると思ってんのっ」
すると葉山は、
「中等部入学からだから……もうすぐ、9年??」
「マジメに数えちゃってどーすんのっ! まったく」
「八重子」
「なーに!?」
「9年って……長いよね」
「そ、そりゃあねぇ」
茶番劇が……進行しているような、感覚。
「――四の五の言わずに、とっとと寝ちゃいなさいっ」
エプロンをむりやり剥(は)ぎ取り、
葉山の両肩をつかむ。
ぐーっと、押し倒すような感じで……寝かせようとする。
「やえこおっ、なにするのよぉっ」
いきなりの押し倒しにビビったのか、悲鳴のような高い声を上げる。
そんな葉山に、
「痛かったら……ごめんけど」
「いたいとか、そういうもんだいじゃないよおっ」
はいはい。
「落ち着きなさい。わたしがちゃんとしたげるから」
「ちゃんと、って――」
「寝かしたげるってこと」
しだいに……葉山は、無抵抗になっていって。
仰向けに寝かせたからだに、掛け布団をサーッとかける。
「よしよし」
「コドモじゃ……ないもん」
「ひとりでだいじょーぶ? 眠れる??」
「だから……コドモじゃ……ないって」
だんだんと、か細くなる声。
掛け布団で、顔を半分隠す。
チャーミングな仕草だ。
× × ×
「八重ちゃんとマスターだけ? 葉山さんは?」
「寝ました」
「え、ここには、来てるわけ?」
「来てますけど、不調みたいだったので、わたしが寝かせました」
「――そっかあ。」
覚(さと)ったような、ポニーテールの、美人顔。
「葉山ってば、カワイイんですよ」
「あらっ、どんなふうに?」
「最初は反抗期みたいに、わたしの『寝かしつけ』に抵抗してたんですけど」
「うんうん」
「いざ、ベッドに入ったら――ものの3分で、グッスリとお眠りになってしまって」
「へぇ~~、そうなんだ~~」
わたしとポニーテールお姉さんのふたりで、葉山を面白がる。
葉山はグーグー眠ってるだろうし、なに言ったっていいや。
……キョウくんの夢でも、見てるのかも。
いわゆる、サシ飲み。
わたしの中ジョッキよりも、ポニーテールお姉さんの中ジョッキのほうが、減りが早い。
さすがだな。
ふと、彼女が言った。
「――でも優しいんだね、八重ちゃん」
「? 葉山に対して、ですか」
「そ」
スーパー美人顔を傾け、頬杖をつきつつ、
「葉山さんの不調に敏感で。寝かしつけるまで、面倒、みてあげて」
「……手がかかるんですけどね」
「だけど、よく、理解してる」
「……してるんですかね」
傾けた超・美人顔を少し上げ、
指で、ジョッキをもてあそび、
「そういう優しさは……忘れないほうが、いいと思うよ」
えっ。
「これ――本気(マジ)の、話」
ポニテお姉さんは、満面の笑顔。
中ジョッキをほとんど飲み干した影響か、ほんのりと紅(あか)くなって。
そういうふうに、笑いながらも、
本質を――突いてきた。
「……」
「八重ちゃん。優しさとか、愛情とか、大事。マジ大事」
「……はい。」
「わたしね、」
「は、はいっ」
「優しさ、を、なくしちゃってたときがあって……他人に、強く当たりすぎて、いっつもいっつも、攻撃的で。ろくなこと、なかった、そんなときは」
わたしの眼を見るように、
「いたわりのこころがないと、ビールも、苦いだけ」
そして、空ジョッキを、わたしのジョッキにかちっ、と軽く当てて、
「ビールが美味しく飲めるような社会人にならないとダメだよ……八重ちゃん」
× × ×
「八重ちゃんは、大学3年だっけ?」
「2年です。浪人してるんで」
「1浪かー」
「そうですね」
「負けた~、わたし、2浪だし」
「……」
「もしくは、『勝ってる』、のかな?? ひとつ、多いから」
「……と言われましても」