壁時計が午後3時を示していた。
リビングのソファに座ってお菓子を食べていたら、利比古くんがフラリと姿を現してきた。
「今日大学無いの?」
訊くと、
「無いんです」
という答えが。
「ヒマなんだね」と私。
「梢さんこそ」と苦笑いの利比古くん。
「座りなよ」と私。
「ハイ」
私の真正面のソファに腰を下ろす彼。
『相変わらずハンサムだねえ……』と声に出さずココロの中で呟いてから、
「お菓子あるよ。食べなよ」
とお皿を差し出す私。
「ありがとうございます」
ここで私は、
「『ゆめタウン』にも、こんなお菓子売ってるのかなあ」
「え、『ゆめタウン』、ですか?」
「そ。広島県が本拠地のショッピングモール的な何か」
「『的な何か』って付け足す必要あるんでしょうか」
苦笑してそう言う彼に、
「確かに」
と応え、
「西日本版イオンモールみたいな感じだからさ。『西日本研究会』の私にとっては重要な研究対象なんだよ」
「梢さんそういうの好きですよね。中四国地方のスーパーマーケットとかショッピングモールとか」
「だって面白いんだもん」
「それ、才能だと思いますよ」
言いながら彼は、ビスケットを口に持っていく。
イケてる利比古くんだ。
× × ×
しばらく、『ゆめタウン』について利比古くんに語っていた。
利比古くんは食い付いてきてくれるから助かる。
時刻は午後3時40分になろうとしている。
誰かが歩いてくる音が私の右サイドから聞こえてきた。
『たぶん、あすかちゃんだ』
そう予想した。
そして、予想は的中した。
膝丈より少し短い短パンと、濃いめのブルーのTシャツ。そんな格好のあすかちゃん。
某ミッシェル・ガン・エレファントのシンボルマークみたいなのがTシャツには描かれている。
ロックだなあー。
「あすかちゃん帰ってたんだ」
私が言う。
「ハイ、大学の授業は午前中で終わりで。『PADDLE(パドル)』の編集を少し手伝ってから帰って」
「今年は出る授業の数が少なくなる感じ? きっと去年までで単位を沢山取ってるんだよね。あすかちゃん要領良さそうだから」
今年大学3年生の要領良さげなあすかちゃんは、
「そうなんです、少ないんです、授業。だから、アルバイトにも時間を割けるんです」
と言いながら、私の右斜め前のソファにポスッ、と座って、
「どこの誰かさんと違って、要領は悪くないので」
と言いつつ、利比古くんに向かって『あたたかい』視線を送る。
利比古くんが少し不機嫌そうになる。
あすかちゃんが笑みをこぼす。
私も笑みをこぼしてしまう。
あすかちゃんが利比古くんにダメ出しをして、利比古くんがあすかちゃんに反発する。
そんな流れがしばらく続いた。
『ケンカするほど仲が良い』の典型だと思うんだが、そんな認識は胸の奥にしまっておくことにして、
「ねえねえねえ」
と声を発して、真正面の利比古くんに対して視線を注ぐ。
「なんですか? 梢さん」
彼のお顔に視線を固定して、
「利比古くんさ、宮崎県とか、行ってみたかったりしない?」
「宮崎県? 九州地方の?」
いや、宮崎県が九州地方なのは当たり前だよね。
あすかちゃんも、
「なに!? もしかして利比古くん、宮崎県が九州地方にあるかどうか確信が持てなかったの!?」
とツッコむ。
彼は、不服そうな視線をあすかちゃんに送るが、
「高校生からやり直すべきじゃない? もっとも、この程度の日本地理の知識、絶対高校生未満だけど。というか、小学1年生でも知ってるはずの一般常識だよねえ?」
と彼女に厳しく言われてしまう。
黙って不服そうな視線を送っていた利比古くんだったが、軽い溜め息のあとで、再び私の方に顔を向けて、
「それで、宮崎県がどうかしたんですか?」
「チキン南蛮ってあるでしょ」
「ありますね」
「宮崎県のご当地グルメなんだよ」
「へぇーっ。そうだったんですね」
すかさずあすかちゃんが「一般常識だよ一般常識!! 宮崎とチキン南蛮が結び付かない方がおかしいよ」と喚くが、
「もしかすると、邸(ウチ)の近所のお店でチキン南蛮が食べられるとか?」
と彼は言って、あすかちゃんの喚きを意に介さない。
「よーくわかったね」
私は、
「府中本町駅から徒歩5分のところに、チキン南蛮が美味しいカフェレストランがあるみたいなんだよ」
と情報を提供して、
「行ってみたくない?」
と問いかける。
問いかけられた彼は、
「美味しいのなら、行ってみたいですね。梢さんのリサーチ力(りょく)なら、きっと間違いは無いはずだし」
「じゃ、『私といっしょに』行ってみる? 今度」
すぐに私は問うてみる。
そしたら、
「え、もしや、梢さんと利比古くん、『ふたりで』チキン南蛮を食べに」
と、慌て気味な声であすかちゃんが言った。
「そのつもりだったんだけど」
私は答える。
答えて、イジワルに笑って、あすかちゃんの顔をじっとりと見る。
彼女は焦り気味に、
「と、利比古くんと梢さんが行くのなら、わ、わたしも、ついていきますっ」
今年で27歳の私は、オトナのお姉さん的な余裕で、
「やっぱり、そう言うよねえ」
と彼女に。
「『やっぱり』、だったんですか……」とあすかちゃん。
「ふふーん♫」
と、私は余裕の上に余裕を重ねて、
「……妬(や)いちゃった?」
と、あすかちゃんの心理に迫っていく。
あすかちゃんがハッとなって、うつむき始めて、私にも利比古くんにも視線を向けてくれなくなった。
ほんの少しの良心の呵責(かしゃく)。
それは、たしかにあるんだけども。
心地よい『くすぐったさ』を、彼女の様子の変化を見ていると、感じるコトができて。
だから、楽しい気分が私には持続しているし、あすかちゃんが可愛くて、彼女のコトが、もっともっと好きになる。