スーツケースを携えて玄関に立つ私を明日美子さんが出迎えてくれる。
「ようこそ~~、梢ちゃん」
優しい笑顔。
ステキなオトナのオンナのヒトだ。
「来るのが平日になってすいませんでした」
「いいのよいいのよ。わたしは平日も休日みたいなモノだから」
「アハハ……」
「早く上がってちょーだいよ」
「では」
× × ×
私の座るソファの手前の長テーブルにチョコレートの盛られた深皿が置かれる。
置いてくれたのは明日美子さんの娘さんのあすかちゃんだ。
それにしても、
「高級チョコ、だよね。高級なのばっかり盛られてる」
「ですかー? 無作為に選んだんですけど」
「あすかちゃんも――」
「はい?」
「だいぶお嬢さまだよね」
「またまたぁ」
型通りの苦笑のレスポンス。
テーブルを挟んだ真向かいのソファに腰を下ろすあすかちゃん。
彼女、なんだか……。
「ねえ」
「どうしました?」
「あすかちゃんってさ」
「はい」
「周りの人から『オトナっぽくなった』とか言われない?」
私の指摘に対し、不敵に笑って、
「言われたり、言われなかったりです☆」
そっか。
「そういう反応も、私はオトナっぽいって思うよ」
「お」
× × ×
高級チョコは美味しくて、癒やされた。
オトナの階段を上り続けるあすかちゃんが去ったかと思うと、このお邸(やしき)に居候している利比古くんがやって来た。
羽田愛ちゃんの弟さんである。
「こんにちは梢さん。これからよろしくお願いします」
「こちらこそ。利比古くんは礼儀正しいね」
「そう言ってくれて嬉しいです」
「姉の愛ちゃんもそうだけど、育ちの良さなのかなあ」
「どうですかね」
苦笑いする利比古くんの顔面は素晴らしい二枚目フェイスだ。
とある筋によれば、やっぱり彼は相当なモテ男くんらしい。
某ワセダ・ユニバーシティの文学部に通う年上の女の子とつきあってるとかいないとか。そういう情報が入って来ている。出どころは企業秘密。
見た目は申し分無い彼なんだけど、
「ねーねー。せっかくこれから『ひとつ屋根の下』なんだからさ。きみには生粋の放送文化オタクとして、情報を提供してきてほしいよ」
苦笑混じりに彼は、
「梢さんは、特に西日本の放送局の情報がほしいんですよね」
「YES。大学だと『西日本研究会』だし」
「社屋が大淀(おおよど)にあった頃のABCの情報とか、詳しく知りたくありませんか?」
ABCとは朝日放送。MBS毎日放送と並ぶ大阪の民放の雄である。
「ぼくウィキペディア読むだけじゃ満足できないんで、いろいろ文献を調べたりしてるんですよ」
えらい!!
「ぼくの所属してるサークルの先輩の友だちの親戚のお父さんの知り合いの知り合いが、ABCの子会社に勤めてるらしくって」
すごい人脈!!
きわどいけど。
× × ×
さてお邸(やしき)に居候する男子はもうひとり居るのである。
1階フロアの小ぶりなリビングに彼はいた。
私の接近に気付き、
「あっ、梢さん」
と流(ながる)さんは控えめに言って、
「どうも……」
とお辞儀のように頭を下げる。
「これからよろしくです、流さん」
気後れせず、本来1学年上の彼に向かい、
「さっそくですけど」
「ハイ」
「『タメ口』と『くん付け』で行かせてもらって、いいですか」
「!?!?」
どーしてそんなにキョドるかな。
「ほとんど同世代だし、そっちのほうが『やりやすい』って思うので」
コトバを無くす流くん。
ややオーバーな仕草なのは承知の上で、両方の腰に手を当てて流くんを眺めてみる。
それでも、うろたえているので、
「おっかしいなぁ」
と軽い口調で彼に言って、
「流くんって、長年つきあってる彼女さん居るんでしょ? カレンちゃんってゆーんだよね? 私、もっと落ち着きのあるキャラだって認識してたのに」
うろたえを増す彼は、
「か、カレンさんと長年つきあってるのと、落ち着きあるなし云々は、因果関係、たぶん、無いよね……!」
と懸命なる、タメ口。
メガネが少しだけズレている。