【愛の◯◯】比べてしまう弟のぼくに

 

日曜午前、新宿で、某映画館の前を通りかかる。

とある映画のポスターが眼に留まり、ぼくは立ち止まってしまった。

一緒に歩いていた姉が、

「どうしたのよ利比古。映画館なんかさっさと素通りしちゃいましょうよ」

と言うけど、ぼくは、

「いくら映画に興味が無いからって、そんなコト言うのは宜しくないんじゃないかなあ」

とたしなめ、少しだけムッとする姉に向かい、

「麻井先輩が好きだった映画がリバイバル上映されるみたいなんだよ」

「え、りっちゃんの?」

「うん。だいぶ前の映画だけどね」

麻井律(あさい りつ)先輩。高校時代にぼくをグイグイと引っ張っていった、小柄な女子の先輩。グイグイと引っ張られた挙げ句、先輩と2人で映画を観に行ったりもして……。

「もしかして、あんたとりっちゃんが高校時代に映画館デートした時の映画だったり?」

「違うよ」

もう一度ポスターを見たぼくは、

「あの時の映画とはジャンルが全然違うんだ。実はぼくは鑑賞したコトが無いんだけど、麻井先輩は……彼女は、この作品の芸術性の高さを何度かぼくに熱く語ってて」

姉がそばに寄ってきて、

「ふむふむふむ」

と、ぼくよりも熱心な程にポスターを見つめ、

「あの子、めでたく就職が決まったから、『いつかお祝いしてあげなきゃ』って思ってたんだけど」

『お邸(やしき)に呼んであげましょうよ』と言い出しそうで、ぼくは思わず怖くなる。

なぜ怖くなるのか。

それは……。

「あーっ。でも、りっちゃんは、利比古と再会するコトに消極的なのよね」

姉は、核心に触れようとするがごとく、

「利比古のコトにわたしが言及すると、りっちゃん、様子が一変しちゃうのよ」

と言ったかと思えば、美人かつニヤけ顔で、

「それってどーしてなのかしらねえ??」

と、ぼくにとっても先輩にとってもデリケートな部分を突っついてくる。

 

× × ×

 

まだ午前。カフェの窓際の席。姉のブラックコーヒーは既に3杯目。

コーヒーのおかげか、コーヒーのせいか、姉の喋りが加速していく。

話題その1。女子校時代のクラスメイトにお願いされて、ソフトボールチームの試合に助っ人で参加し、全打席出塁と同時にノーヒットノーランを達成した。

話題その2。女子校時代の同級生の頼みで、その女子(ひと)が大学で所属しているお料理サークルに赴き、牡蠣(かき)グラタンを作ってそのサークルのメンバーに食べさせてあげた。

話題その3。女子校時代の同級生で同じ部活(文芸部)だった女子(ひと)に頼まれ、某所のストリートピアノに赴き、半ばリサイタルのように演奏をしてその場に居た人々みんなを喜ばせた。

『自慢話の3連発でゴメンね』と姉はいちおう言っていたが、最早、自慢話というレベルでは無いかの如き内容であり、姉の高過ぎるステータスにぼくは打ちのめされる。

うつむきながら、助っ人でノーヒットノーランを達成した姉とぼくとを比較してしまう。

うつむきながら、すごいお料理スキルで牡蠣グラタンを振る舞った姉とぼくとを比較してしまう。

うつむきながら、ストリートピアノで街をゆく人々みんなを立ち止まらせた姉とぼくとを比較してしまう。

「なによー。いくらわたしが自慢話続けちゃったからって、そんなに項垂(うなだ)れちゃって」

だって……。

何も言えず、顔も上げられず、5分間ぐらい押し黙ってしまっていた。

目線を徐々に上げていき、弱気なココロで弱気なコトバを吐き出す。

「才能が無いのを痛感するんだよ。ソフトボールできない、牡蠣グラタン作れない、ピアノ弾けない……。ぼくには何のスキルも無い。『スキル』は、言い換えるならば、『取り柄』であって」

「利比古〜〜?」

きっと苦笑しているであろう姉は向かい側のぼくに、

「もっと顔を上げなさい」

と促し、

「まず前提として、わたしと自分とを比べなくても宜しい」

と言い、

「取り柄がどうとかあんたは言ってるけど」

と言ってから、少しコトバを溜めたあとで、

「『モテ男』ってステータスがあるでしょ、あんたには」

とか言い出す。

「無理やりモテ男をステータスにしないでよ、お姉ちゃん。そんなの美点になんかならないでしょ」

「3年前、あんたが高校2年生だった時、『下駄箱に手紙を入れられ過ぎて困ってる』って泣きついてきたのは、どこのだあれ??」

姉がほんとうに手強い……!

「泣きついてはいないから。記憶力抜群なのは良いけど、誤解を招く表現はやめてよ」

やはりぼくを無視して、

「あのね、ここは大事なトコロだから、よーく聴いて欲しいけど。仮に、あんたに魅力が無かったのなら」

「……なら?」

「たくさんの女の子を惹きつけられるワケも無いでしょう」

うぐっ……。

「わたし譲りの顔立ちだけじゃないわ。見た目よりも惹きつける何かが、あんたには備わってるのよ。姉のわたしが保証してあげるわ」

「何かって、何」

言いつつ、目線をスローに上げていくぼく。

眼に映るのは、美人なだけでなく小悪魔的な可愛さも兼ね備えている姉の顔。

姉の保証する、ぼくのなかの、『何か』。

それを、姉はなかなか教えてくれなくって。